清夏のようです
- 1 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:00:39 ID:4gBII52M0
夏で連想するもの。
海か、山か、スイカか、プールか。
やっぱり、お祭りか花火かな。
けたたましく鳴いていた蝉が静かになって。
かわりに人々の声が賑やかでやかましくて。
熱気と非日常的な空気。
妙に眩しいたくさんの電飾。
体に悪そうな、甘ったるい味。
でもその味が、妙に忘れられなくて。
大切な思い出の一部にもなっていて。
【清夏のようです】
夏の日。
夏の夜。
夏の夢。
いつでも記憶の中では、夏の風の、さわやかな匂いを感じられる。
- 2 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:02:31 ID:4gBII52M0
みんみんじゃわじゃわ、蝉がけたたましく鳴く夏の昼前。
ちりちり、ベランダに下げられた風鈴が鳴っている。
開け放たれたガラス戸、ぴっちり閉じられた網戸。
ぬるい空気が出たり入ったり。
首を振る扇風機に合わせて、一人の少年が頭を動かしている。
うっすらと汗をかきながら、恨めしそうに黙するエアコンを睨んだ。
省エネだか何だか知らないが、こうも暑いのになぜ許された道具が扇風機と団扇だけなのか。
ジュースもアイスも勝手に手を出すと叱られる。
許されるのはお茶、しかも推奨されるのは常温。
(;,゚Д゚)「あー……づー……いー……」
ぱたぱたと団扇も同時に用いるが、ぬるい。
涼しいには程遠い生ぬるい空気の流れ。
ついには夏休みの宿題を放り投げて、扇風機の前に倒れ込む。
倒れ込んだところで涼しくはならないし、寧ろ風が当たらず暑さは増した。
- 3 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:04:24 ID:4gBII52M0
(,,゚Д゚)「かーちゃんアイス食ったの気付くもんなぁ……やだなぁ怒られんの……」
残量が減れば気付いて当然なのだが、幼心にはそれが理不尽にすら感じる。
少年はしぶしぶ起き上がり、腕に張り付いた宿題のプリントを剥がして捨てる。
そして、せめてもの反抗にと、扇風機の首振り機能を止めた。
(,,゚Д゚)「あ゙ぁ゙〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
(,,゚Д゚)
(,,゚Д゚)「ぼ〜く〜ど〜ら〜え〜〜も」
「おーい!! ギーッコー─────!!!」
(;,゚Д゚)「ヘァアイ!!!」
( ・∀・)「ギッコー!」
(゚Д゚,;)「おぉぉうモラどうしたおい何だこの野郎」
( ・∀・)「学校のプール行こーぜ!」
(゚Д゚,,)「行く!」
- 4 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:06:11 ID:4gBII52M0
( ・∀・)「今日から開放だからさ、一番乗りしようぜ!」
(゚Д゚,,)「水着とってくる!」
( ・∀・)「おう! 長岡も待ってるし急いでなドラえもん!」
(゚Д゚,,)
( ・∀・)
,_
(゚Д゚,*)「聞いてんなよ……しね……」
( ・∀・)「聞こえたんだからしょうがないだろ……聞かれて恥ずかしいならすんなよ……」
網戸越しに悪友の一人と会話して、どたどたとプール一式を掴んで家から飛び出す。
外に出ると周囲を見回し、適当な人物を見つけると声を上げた。
(,,゚Д゚)「伊藤のねーちゃーん!!」
('、`*川「ん? どしたのギコ君」
- 5 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:08:21 ID:4gBII52M0
(,,゚Д゚)「俺プール行くから! 家頼んだー!!」
('、`*川「あんた留守番でしょうに……学校のプール?」
(,,゚Д゚)「うん!」
( ・∀・)「一番乗りするんだ!」
('、`*川「はいはい、おばさん帰って来たら言っとくから」
(,,゚Д゚)「頼んだー!!」
( ・∀・)「行ってきます!!」
('、`*川「いっといでー」
('、`*川
('、`*川「学校のプールねぇ……市民プールは遠いからなぁ……」
('、`*川「……まぁ人んちでも宿題は出来るか……涼めないけど……」
ばたばたと走って行く小さな二つの背中を見送り、
近所の女子高生は図書館に行く予定を諦めて、少年宅に上がり込む。
人んちに勝手に上がり込む文化も、まだ多少残っている様な土地柄だった。
- 6 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:10:17 ID:4gBII52M0
ここは、有り体に言えば半端な田舎だ。
大きな山は無く、海は遠い。
田畑や森林に囲まれているが、自転車や車で少し行けば便利な見せや施設がある。
中途半端な都会さが混じった、間違いの無い田舎。
だが澄んだ水の流れる川があり、木々が多く、夏には規模の大きな花火大会もある。
子供達にしてみれば、今時では珍しい川で水遊び、森林で虫取りを楽しめる場だ。
不便さが残るので、恐らく住みたいと言う人間は少ないだろうが。
夏になると、田畑は濃い緑に覆われる。
わさわさと繁る緑、大振りな実をつけるトマトやナス、胡瓜。
さすがに井戸水でとはいかないが、良く冷やしてかぶりつけば、瑞々しい歯応えと味を楽しめる。
スイカやトウモロコシはさすがに無い、スイカがあっても小ぢんまりとした、精々漬物用だ。
しかし近所に、趣味で桃を作っているお宅がある。
規模は大きくないが丁寧に作られており、量が出来れば毎年近所に配るのだ。
子供達はそれを心待ちにして、熟した桃が届いたと知ると、目一杯に遊んで帰宅する。
汗だくで喉はからからの状態になり、良く冷えた桃を良く洗い、皮剥きもそこそこにかぶりつく。
それはもう、この世のものとは思えないほどに美味いものだ。
- 7 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:12:00 ID:4gBII52M0
ざわざわ、さらさら。
畑の側に広がる田んぼは、眩しい程に瑞々しい緑を風になびかせる。
真っ青な空に田んぼの緑は良く映え、まるでざわざわとたゆたう水面の様だ。
胸を締め付けるような爽やかな美しさは、その姿を一日ごとに変えて行く。
田植え前の、水の張られた田んぼ。
良く晴れた日は、その広い広い水溜まりに空を丸ごと写し込む。
稲が育ち、爽やかな緑を風に遊ばせる田んぼ。
ざわざわ揺らされるその姿と音は、妙に涼やかな気分にさせてくれる。
たわわに米が実り、頭を垂れる稲穂に満ちた田んぼ。
眩しいほどの金色、朝日を受け、夕日を受け、その目映い美しさは圧巻だ。
クソ田舎ではあるが、四季折々、田舎は田舎なりに美しさ、楽しさに満ちている。
市民プールが車で行く距離なのは少々痛いが。
_
( ゚∀゚)「ギーッコー! モーララー!」
(,,゚Д゚)「長岡ー! おらー!!」ガッス
_
(;#)∀゚)そ「いっだぁい!?」
- 8 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:13:40 ID:4gBII52M0
- _
(;#)∀゚)「なに!? なにすんの!? 俺なんかした!?」
(,,゚Д゚)「夏休み前にお前俺の牛乳飲んで謝らなかったな」
_
( ゚∀゚)「あ、ごめん」
(,,゚Д゚)「うずまきパンすげー喉こするんだぞ」
_
( ゚∀゚)「すまん、ソーリー、さーせん」
(,,゚Д゚)「しの?」
_
( ゚∀゚)「いやん」
( ・∀・)「良いから行こうよ、一番乗り出来なくなる」
(,,゚Д゚)「お前そんなに一番乗りが良いのか」
_
( ゚∀゚)「お子さまめ」
( ・∀・)「ぶっとばすぞ」
_
( ゚∀゚)「近道していこうぜ、林のとこ抜けて」
(,,゚Д゚)「どんくらい人居ると思う?」
( ・∀・)「あんまり居なさそう」
_
( ゚∀゚)「貸し切りだったら最高なのになー」
- 9 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:15:21 ID:4gBII52M0
ばたばたとあぜ道を駆け抜けて、三人は学校にたどり着く。
幸い一番乗りだったらしく、更衣室には荷物も人影もない。
誰かが来る前にと急いで着替えを済ませて、全力のストレッチ。
腰洗い槽に浸かり、妙に冷たいシャワーを浴びながら、水泳帽を意味もなく濡らして揉みつつ
少年たちは冷たい水に身体を慣らして、プールへて進んで行く。
_
( ゚∀゚)「ギッコ25m泳げる?」
(,,゚Д゚)「泳げる」
_
( ゚∀゚)「俺も泳げるようになったから競争しようぜ」
(,,゚Д゚)「お前とはあんま競争したくないなー」
( ・∀・)「っしゃー一番乗り!」
(,,゚Д゚)「テンション上がってんなー」
_
( ゚∀゚)「小学生かよ」
(,,゚Д゚)「小学生だよ」
( ・∀・)「なぁギッコ、ちょっと良い?」
(,,゚Д゚)「あー?」
- 10 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:16:21 ID:4gBII52M0
( ・∀・)゙「泳ぎ教えてくんない……?」
(,,゚Д゚)「まだ苦手なの水泳……」
( ・∀・)「泳げなくはないけどさぁ、なんか苦手で……ギッコ泳ぎ得意だろ、頼むよ」
(,,゚Д゚)「長岡にも言えば?」
( ・∀・)「やだ、こいつの教え方わけわからん、バーンってやってバシャーとか言われる」
_
( ゚∀゚)「グーンってやってザバーだろ」
(・∀・#)「それがわけわかんないの!!」
_
( ゚∀゚)「えー」
(・∀・#)「えーじゃねーよ!!」
_
( ゚∀゚)「びー」
( ・∀・)「泳ご」
(,,゚Д゚)「おう」
_
( ゚∀゚)「お前ら冷たくない?」
- 12 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:17:52 ID:4gBII52M0
教師がプールサイドの隅で書類仕事をしているのを横目で見ながら、三人は改めて体操。
そして全力で飛び込んで、しこたま叱られるのだった。
一応は居るが、参加者も少なくさして監視の必要が無い教師は、日傘の下で別の仕事。
たまに生徒を見て、たしなめたり叱ったりと言う程度だ。
泳ぎを教える気は恐らく全く無いだろう。
三人の生徒はわいわいと、泳いだり水をかけあったりとはしゃぐばかり。
こちらも恐らく、泳ぎを教える気は無いのだろう。
( ・∀・)「んじゃギッコ、水泳教えてよ」
_
(σ゚∀゚)゙
(,,゚Д゚)「長岡に」
( ・∀・)「ヤだ」
_,,
( ゚∀゚)
(,,゚Д゚)「俺より長岡のが泳げるし」
_
( ゚∀゚)゙
( ・∀・)「ヤだ」
_,,
( ゚∧゚)
- 13 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:19:31 ID:4gBII52M0
(,,゚Д゚)「慣れれば雑な教え方も味わい深くなるかも」
_
( ゚∀゚)゙
( ・∀・)「ヤだ」
_,,
( ゚Д゚)
(,,゚Д゚)「そうは言っても案外分かるかも」
_
( ゚∀゚)゙
( ・∀・)「ヤだ」
_,,
( ゚皿゚)
(,,゚Д゚)「意外と感覚でどうにかなるかも」
_
( ゚∀゚)゙
( ・∀・)「絶対ヤだ」
_,,
( ゚益゚)
(,,゚Д゚)(さっきから長岡の顔芸が面白い……)
( ・∀・)(俺も思ってた……)
- 15 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:20:50 ID:4gBII52M0
(*゚ー゚)「あつーい」
(*゚∀゚)「あっちーなー」
( ・∀・)「あっ、女子来た」
_
( ゚∀゚)「おーい!お前らも遊びに来たのかー!」
(*゚∀゚)「おー長岡達だ、遊びに来たー!」
(*゚ー゚)「つーちゃん、泳ぎ教えて?」
(*゚∀゚)「まかせろー!」
_
( ゚∀゚)「俺も教える」
(*゚∀゚)「何でだよ」
_
( ゚∀゚)「モラが教えさせてくんない」
(*゚∀゚)「お前の教え方わけわかんねーもん」
_
( ゚∀゚)「女子にまで言われた……入水しよ……」
(*゚∀゚)「教えて良いから死のうとすんな」
- 17 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:22:04 ID:4gBII52M0
( ・∀・)「しぃちゃんまだ泳げないんだな」
(,,゚Д゚)「女子をちゃん付けで呼んでんのかよお前」
( ・∀・)「お前も最近までそうだたったじゃん」
(,,゚Д゚)「小さい頃の話だろ……」
( ・∀・)「小さい頃からしぃちゃんと仲良いだろ? 泳ぎ教えてあげれば?」
(,,゚Д゚)「……やだよ、あいつすぐ泣くし」
( ・∀・)「最近そうでもなくね?」
(,,゚Д゚)「知るか、お前も練習しろや」
( ・∀・)「ギッコさぁ、しぃちゃんと親戚なんだろ? もうちょい優しくすれば?」
(,,゚Д゚)「っせーな……親戚つってもほぼ他人だし歳一緒なだけだろ」
( ・∀・)「昔は仲良く」
(#,゚Д゚)「だーうっせうっせ! さっさと泳げや!!」
( ・∀・)「なにキレてんだよガキじゃあるまいし」
(#,゚Д゚)「小五はガキだろ!!」
- 18 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:24:04 ID:4gBII52M0
同級生の、しぃと言う少女とギコは幼い頃から友人であり、遠めの親戚だ。
女子の中では一番仲が良く、一緒に遊ぶ事も多かった。
しかし小学校の中学年にもなると、男女は完全に別グループになってしまう。
それだけでも自然と疎遠になり、極めつけは男女別に行われた保健体育の授業だった。
定番中の定番である原因と、あとは、とあるきっかけ1つで。
何となく、一緒に遊ぶと言う感じでは無くなってしまった。
(,,゚Д゚)(しゃーねーよな)
(,,゚Д゚)(女子と男子は一緒に遊ぶもんじゃねーし)
(,,゚Д゚)(中学行ったら、もっと話さなくなるだろうし)
(,,゚Д゚)(普通の事だよ、たぶん)
(,,゚Д゚)(あいつすぐ泣くし)
(,,゚Д゚)(一緒に遊んでんの見られたら恥ずかしいし)
(,,゚Д゚)(しょーがねーよな)
- 20 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:25:29 ID:4gBII52M0
しかし、とギコは横目でしぃを追う。
可愛らしい顔形、大きな目に小さな鼻、いつでも微笑む唇。
しんなりとした細い手足に、競泳タイプの水着に包まれた、女子らしくなってきた身体。
ばしゃばしゃと水を蹴る足。
妹に掴んでもらってる手。
息苦しそうに水からあげられる顔。
不思議と、遠目からでもその姿はよく見えた。
妹と男友達から水泳を教わっているしぃは、運動が得意ではない。
どちらかと言うと、本を読んだり机に向かう事の方が好きだ。
性格は大人しく、泣き虫で、そのくせ頑固なところがある。
昔からそうなんだ。
後ろをくっついてきて、すぐ泣いて、迷惑ばっかり。
でもあの頃は、そうは思わなかった気がする。
前はもっと、一緒に遊んだし、一緒に笑ったし。
しぃが泣いた時、どうにかして泣きやませようと四苦八苦していて。
結局手を繋いで、二人でワンセットで行動して。
あの頃は嫌じゃなかった筈なんだ、泣き止んだ時の彼女の笑顔が好きだったから。
いつからだろう、それを疎ましく思うようになったのは。
- 22 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:26:29 ID:4gBII52M0
いつだったかな。
一緒に祭りに行った時だったか。
いつものように、二人で並んで夜店を見て回っていた。
傍らには、白地に花の模様の浴衣、赤くてひらひらした帯、少し照れ臭そうに笑うしぃ。
しぃはリンゴ飴が好きで、小振りなそれを片手に握って、もう片手をギコと繋いでいた。
けれど何かの拍子に、しぃがリンゴ飴を落としてしまう。
それに対して泣きじゃくるしぃと、多くはないお小遣いを握りしめるギコ。
『待ってて』と告げて、しぃの手から、するりとギコの手が抜けた。
遠くなる背中と、落としたリンゴ飴と、心細さ。
結局しぃは待っては居なくて、駆け出したギコの背中を追い掛けてついていってしまった。
店の前で小さなリンゴ飴を買うギコと、ぽろぽろ涙をこぼしながらそれに追い付くしぃ。
『待っててって言ったのに』
『だってギコくん、いきなり行っちゃうから』
泣きじゃくる幼馴染みは、あんまりにも寂しがり屋で。
いつでも側に居なくてはいけない気がして。
- 23 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:27:41 ID:4gBII52M0
『ギッコ、お前またしぃと一緒なの?』
『嫁さん置いてっちゃ駄目だろギッコ』
二人の距離感をからかわれる事が増えて。
それに対して、しぃは恥ずかしそうに黙り込むだけで。
何だか窮屈に感じてしまって。
何だか息苦しくなってしまって。
何だか、急に居心地が悪くなってしまって。
ギコはリンゴ飴を握ったまま、他の友達と回ると告げ、一人で走り出す。
下駄と浴衣の少女は、サンダルと普段着の少年には、もう追い付けなかった。
サンダルと足の間に、小石が挟まって痛くて。
ギコくん、ギコくん。
後ろから、泣きながら呼ぶ声が、まだ耳にへばりついて。
あれからだ。
しぃと、距離を取るようになったのは。
- 24 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:28:32 ID:4gBII52M0
あれから、あの日の事は口にも出していない。
しぃと目をあわせる事すら減って、最初は気にしていた周囲も次第に興味を無くした。
話す事も、遊ぶ事も、一緒に過ごす事も無くなった。
未だに、あの時ひとり置いていってしまった事を謝れていないと言う、罪悪感の蓄積。
話しかける事も出来ない、そんな罪の意識が余計に疎遠にさせた。
罪悪感は表面からは消えても、ずっとずっと、腹の底にわだかまり続ける。
罪悪感から、しぃに声をかけられないギコ。
しぃの方も恐らく、勇気が無くてギコに話しかけられないまま年月が過ぎてしまったのだろう。
─────それにしても、ああ。
水しぶきと、夏の日差しを浴びてきらきらしている。
楽しそうに笑う彼女は、水に溶けて消えてしまいそうなくらいに瑞々しくて、健康的で。
眺めていると、とくとく、熱を感じた。
- 25 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:29:40 ID:4gBII52M0
( ・∀・)「ギッコってさ」
(,,゚Д゚)「んー」
( ・∀・)「しぃちゃんと仲良かっただろ」
(#,゚Д゚)「だから!!」
( ・∀・)「なんで疎遠になってんの?」
(#,゚Д゚)「…………」
( ・∀・)「……喧嘩したなら仲直りしろよな」
(#,゚Д゚)「してねーし……」
( ・∀・)「長岡のアホとかがさ、からかったんだろ」
(,,゚Д゚)「…………」
( ・∀・)「やっぱモヤモヤすんのってさ、何かイヤじゃん」
(,,゚Д゚)「……まぁな」
- 26 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:30:34 ID:4gBII52M0
( ・∀・)「俺な、好きなコ居るんだ」
(,,゚Д゚)「……ふーん」
( ・∀・)「お前はさ、からかったりしないだろ、ああ言うバカ達みたいに」
(,,゚Д゚)「長岡、いいやつだけどな」
( ・∀・)「いいやつがバカじゃないとは限らないから」
(,,゚Д゚)「それな」
( ・∀・)「ギッコさ、しぃちゃん好きだろ」
(,,゚Д゚)「ねぇよ」
( ・∀・)「昔からずっと仲良いし、好き同士だと思ってた俺」
(,,゚Д゚)「お前さ、なんなの?」
( ・∀・)「何が?」
(,,゚Д゚)「女子が好きとかどうとか、恥ずかしくないのかよ、男として」
- 28 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:31:34 ID:4gBII52M0
( ・∀・)「俺はさ、そのコの事を好きなの恥ずかしくない」
(,,゚Д゚)「…………」
( ・∀・)「何で恥ずかしいんだよ、相手に失礼だろそんなの」
(,,゚Д゚)「……知るかよ」
( ・∀・)「君の事が好きなのが恥ずかしいですなんて、最低だろ、そんな男」
(,,゚Д゚)「お前がなに言ってんのかよくわかんねーよ……」
( ・∀・)「別にお前が誰が好きでも良いけどさ」
(,,゚Д゚)「だから」
( ・∀・)「好きじゃないとか、恥ずかしいとか、そんな嘘ついたり情けない事だけは言うなよ」
(,,゚Д゚)「……だからわっかんねーよ……そんなの……」
( ・∀・)「言わなきゃいつまでも分からなそうだもんお前」
(,,゚Д゚)「んだよそれ……悟ってんなよ……」
- 29 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:32:36 ID:4gBII52M0
妙に大人びた友人の言葉が、なぜだかやたらに居心地悪く感じた。
まだ知りたくないような、まだ目をそむけていたいような、触れてはいけない内容な気がして。
胸の辺りがもやもやと、気持ちの悪い感覚に飲み込まれる。
プールサイドで膝を抱えて、きらきらと光を反射させる水面を眺める。
向こう側で友人達がはしゃぐと、それに合わせて波が立つ。
その波に、太陽の光はきらきら、きらきらと踊るように飛び散るのだ。
それが何だか妙に眩しくて、目を細める。
賑やかな蝉の声も、友人の声も、遠い気がした。
夏は真っ白だ。
眩しすぎて、何もみえない。
けれど瞼を下ろすと、世界は黒と赤に沈む。
息苦しくて、何も見えやしない。
ああもう、この友人は、どうしてこんなに面倒な話をするんだろう。
- 30 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:33:40 ID:4gBII52M0
目蓋を下ろしたまま、ぐるぐると考える。
どうしてあの時、あんな事したんだろう。
だって何だか恥ずかしくて、息苦しくて、嫌になってしまったから。
どうして、まだ泣いているしぃを置いていってしまったんだろう。
だってしぃはすぐに泣くし、一緒にいるとからかわれるから。
どうしてあの日の事を思い出すと、こんなにも胸が痛いんだろう。
だって、
うっすらと目蓋を持ち上げる。
視線の先には、妹とはしゃぐ彼女。
楽しそうに笑う彼女を見ると胸の奥が、ぞわぞわ。
締め付けられるような、ざわざわ何かが広がるような、変な感覚。
しぃは、可愛いから。
自分が泣かせてしまうと、すごくすごく、嫌な気分になる。
- 31 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:34:32 ID:4gBII52M0
そうだ、しぃは可愛いんだ。
目は大きいし、作りは整ってるし、身長は普通くらいで、細くて、軽くて、脚が長くて
泣き虫だけど、大人しくて、勉強が得意で、女らしくて、ボタンも縫い付けられるし
声も可愛いんだ、動作も、泣き虫なくせにしゃんとした背筋で、ああもう、挙げきれない。
ああそうだよ、分かってたよ、ほんとはずっと分かってたよ、知ってたよ
でも恥ずかしくて嫌だったんだ、自覚したくなかったんだ、こんなの誰にも言えやしないから。
だってそうだろ。
男が、女のこと好きとか、そう言うの普通は誰にも言えないよ、恥ずかしいだろ。
それなのにあいつは、あのバカは、平然と好きな奴が居るとか言えるんだ。
何でだよ、どうしてそんな事言えるんだよ、バカじゃないのか。
ああ、でも、さ
友人が言うなら、俺が言っても良いんじゃないか。
ああ、でも、ああ。
- 32 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:35:29 ID:4gBII52M0
ざぶん。
あまりに頭がぐるぐると、まとまらない思考をするものだから
ギコは抱えていた膝を解いて、プールの中へと飛び込んだ。
頭を冷やそう。
あまりにも思考がとっちらかる。
バカみたいに遊ぼう。
呆れた顔でこっちを見てくる友人に水をぶっかけて。
やり返して、やり返されて、怒って笑って、何も考えずに遊ぼう。
そうじゃないと、そうじゃないと。
そうじゃないともう、目が、彼女を追いかけてしまうから。
日が上りきり、これから下ると言う辺りまで、思考を全て捨てるように水遊びを満喫した。
プールから上がり、教師へ挨拶をしてから帰り支度を始める。
寄り道をするなと一応は釘を刺されたが、皆が小銭を持ってきているのだ。
当然、帰りに近所の店に寄って帰るつもりで来ている。
スポーツタオルを頭に乗せたまま、帰り道にある店まで歩く。
まだ日差しは強く、火照った肌を更に焼いた。
- 33 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:36:47 ID:4gBII52M0
(,,゚Д゚)「あっちー」
_
( ゚∀゚)「やっとついたー」
('、`*川「あ、お帰り」
(,,゚Д゚)「伊藤のねーちゃん店番?」
('、`*川「あんたんちで留守番終わったら今度は店番よ、お駄賃もらえるけどさ」
_
( ゚∀゚)「伊藤のねーちゃんアイスくれー」
(*゚∀゚)「くれー」
('、`*川「はいはい120円よー」
イトウヤと言う駄菓子や文房具、トイレットペーパーなどの日用品を売る店。
そこが子供達の溜まり場であり、店番の女子高生とも顔馴染み。
各々がアイスを買い、店番はそれの対応をしながら参考書を眺める。
この数年、店番の制服が変わったくらいで、同じような光景が繰り返されていた。
店先の熱せられたベンチに座り、アイスの封を切る。
冷たいだの甘いだの、口々に感想を漏らしながら。
- 34 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:37:57 ID:4gBII52M0
( ・∀・)「ギッコそれ好きだよな、割れるやつ」
(,,゚Д゚)「アイスはソーダが一番うまい気がする」
( ・∀・)「それ雪見大福の前で言うなよ」
(,,゚Д゚)「お前はいっつもそれな……」
( ・∀・)「好きなんだよなぁ……」
(*゚∀゚)「長岡お前いっつもそれな」
_
( ゚∀゚)「そろそろ先輩って呼べよな」
(*゚∀゚)「うっせー長岡」
_
( ゚∀゚)「おっぱいアイスぶつけんぞ」
(*゚∀゚)「アイス無駄になるからやめろや」
_
( ゚∀゚)づ○「ほーらおっぱいアイスだぞー!」
(*゚∀゚)「うっざ! くそうっざ! 冷たいしくっつけんな!」
_
三(づ゚∀゚)づ○「おらおらー!」
ドンッ "(;*゚o゚)「きゃっ」
- 35 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:39:06 ID:4gBII52M0
(*゚∀゚)「こっち来んなドアホ! しね!!」
_
( ゚∀゚)「しねはあんまりだろ!?」
(*゚∀゚)「うっせー襟足! なんかなげーんだよ!」
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( ゚∀゚)「髪型関係なくない!?」
(*゚ー゚)「あー……」
( ・∀・)「あ」
(,,゚Д゚)「? どしたん」
(*゚ー゚)「アイス落ちちゃった……」
(,,゚Д゚)「あのバカ二匹……」
( ・∀・)「大丈夫?」
(*゚ー゚)「うん……アイスもったいないね」
- 36 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:40:27 ID:4gBII52M0
(,,゚Д゚)「ほら」
(*゚ー゚)「え?」
(,,゚Д゚)「片方やるよ」
(*゚ー゚)「……いいの? 減っちゃうよ?」
(,,゚Д゚)「いいから食えよ、溶けるし、また落とすぞ」
(*゚ー゚)「でも、」
(,,゚Д゚)「お前泣くとうるさいから、はよ食え」
(*゚ -゚)!
(*^ヮ^)「えへへ……ありがとギコくん」
(,,゚Д゚)「? おう」
(*^ー^)「ソーダも美味しいね」
(,,゚Д゚)「おう」
- 37 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:41:54 ID:4gBII52M0
咄嗟に差し出した手には、二つに割れるアイスの片割れ。
少し驚いた顔をしてから、彼女は笑顔でそれを受け取った。
お互いがほっとしたような、むず痒いような気持ちになって。
それでも何だか、前みたいに出来た気がして、落ち着ける。
なんだ、あんがい簡単じゃないか。
さっきまであんなに悩んでたけど、いざその状況になれば、自然と身体が動く。
隣にちょこんと腰かけた彼女の湿った髪が、さわさわと風に揺らされる。
塩素と、汗と、水と、彼女の匂い。
薄い緑色のワンピース、一番上のボタンがあいていて、平らな胸と鎖骨が見えた。
視線を下ろせば、服越しにも、その体格が女子らしくなっている事に嫌でも気付かされる。
ぺたんとした胸の上部から、ふんわりとした膨らみまでの流れが見える。
頬から流れた汗が、胸へと。
視線をそらして、溶けかけのアイスを頬張る。
とくとく。
胸の奥の熱を、ソーダアイスで冷やした。
- 38 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:43:11 ID:4gBII52M0
まるで、疎遠になっていた期間なんてなかったみたいに、隣に座る。
目が合えば、照れ臭そうに微笑んでくる。
恥ずかしくてすぐに目をそらすが、嫌な気分はしなかった。
このまま、謝れないかな。
あの時、置いていってごめん、とか。
今ならきっと、彼女も笑って許してくれる気がして。
乾いた唇を湿らせて、唾液を飲み下す。
妙に緊張しながら、口を開いて
_
( ゚∀゚)「あー! ギッコとしぃがイチャついてんぞー!」
あ、
(*゚∀゚)「まじかよ姉ちゃん熱々だな!」
ああ、
- 39 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:44:10 ID:4gBII52M0
ああそうだ、何をしているんだろう。
今は二人きりではないし。
人を囃し立てるタイプのバカが、二人も居るのに。
何をしているんだろう。
(*゚ -゚)「や、やめてよ……」
_
( ゚∀゚)「ひゅーひゅー!」
(*゚∀゚)「さすが姉ちゃん大人だな!」
_
( ゚∀゚)「なに? アレか!? 付き合ってんのかお前ら!?」
(*゚∀゚)「まじで!? 聞いてないんだけど姉ちゃん!!」
_
( ゚∀゚)「ギッコ彼女は大事にしろよー!!」
(;・∀・)「あーもう! バカ共やめろよ!」
- 40 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:44:58 ID:4gBII52M0
状況や心情を察して、何も言わずに眺めていた友人が声を荒くする。
そんな制止の声も、悪気も無く囃し立てる友人の声も、妙に遠く感じた。
頭の芯が冷えていく。
アイスが溶けて、手を汚す。
羞恥と、後悔と、憤りと、情けなさ。
何もかもない交ぜになって、頭の中と胸の奥をぐるぐると。
_
( ゚∀゚)「お前ら結婚しろ結婚!」
(*゚∀゚)「姉ちゃんブーケこっちにくれよー!」
(;・∀・)「おいっ!!」
ふと、脳裏によみがえる、あの時の声。
無意識にベンチから立ち上がり、俯いたまま唇を震わせて。
(*゚ -゚)「あ……」
口を開いて。
- 41 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:46:03 ID:4gBII52M0
- _
( ゚∀゚)「彼女置いてどこ行くんだよギッコ!」
(*゚∀゚)「姉ちゃん泣かせんなよギッコ!」
(;・∀・)「お前らマジさぁ! いい加減に!!」
言葉が、
(,, Д )「…………誰が」
_
( ゚∀゚)「へ?」
(#, Д )「ッ 誰が好きになるかよ! こんなブス!!」
言葉が、勝手に、出てしまって。
(*゚ -゚)「……」
ああ、これ。
ついさっき、友人に『言うなよ』と言われていた言葉だ。
- 42 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:47:32 ID:4gBII52M0
我に返って、自分の言葉の意味に気付いた。
ぶわ、と、嫌な汗が全身を濡らした。
見開いた目を上げて、友人を見る。
バカが言いやがった、という顔で、こちらを見ていた。
恐る恐る、傍らの少女に視線をやった。
俯いていた。
口の中が乾く。
声は出なくて。
ぱっ、と、彼女が顔をあげた。
(*^ー^)
彼女は、微笑んでいた。
目尻に少しだけ、涙が浮かんでいた。
- 44 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:49:18 ID:4gBII52M0
(;, Д )「……ぁ…………」
(*^ー^)「ごめんね」
(;, Д )「…………」
(*^ー^)「アイス、ありがと」
ベンチから立ち上がり、妹の方へ歩いていく。
その背中を見る事すら出来なくて、手から、溶けたアイスが滑り落ちる。
ぺしゃり。
皆に背中を向けて、走ってその場から逃げ出した。
頭に乗せていたスポーツタオルが、はらりと地面に落ちる。
しんと静まり返ったその場の空気。
何も言えなくなった友人は、タオルを拾い上げながら地面に広がるアイスを見ていた。
(ああ、アイス、当たってる)
- 45 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:50:25 ID:4gBII52M0
胸がきりきりと痛む。
掴まれて、絞られてるみたいな痛み。
恥ずかしいんだか、腹立たしいんだか、わけがわからなくなって思わず走り出した。
胸は痛むし、顔は暑いし、頭の芯から背中にかけてが冷たく感じて。
とにかくそれらを感じたくなくて、誤魔化したくて、走る足を止められなかった。
息が上がる。
あいつらふざけんな。
胸が詰まる。
何であいつ黙ってんだよ。
足がもつれる。
何で俺は。
ずしゃ、と。
ゆるい坂道、顔面から地面へ突っ込んだ。
- 46 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:51:55 ID:4gBII52M0
ごろごろ、数回ほど不格好に転がって、うつ伏せに止まる。
荒いコンクリートの道は、容赦無く膝や肘に傷を作った。
身体を動かして、じゃり、と手に砂と埃と濡れた感触を感じる。
何だか動けなくて、その姿勢のまま突っ伏した。
痛い。
膝も、肘も、胸も頭も全部痛い。
恥ずかしくて、苦しくて、腹立たしくて、悔しくて、いたたまれなくて、申し訳なくて。
不意に込み上げた涙を、砂っぽい手で擦って無理矢理に止めた。
強く唇を噛み締めて、地面を睨む。
泣くなんて情けないし、男らしくないし。
あいつが泣いてなかったのに、自分が泣くなんて出来ないし。
きゅうぅ。
あれ、おかしいな。
胸の痛いのが、強くなった。
- 47 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:53:01 ID:4gBII52M0
溶けていく。
アイスも、世界中も、頭のなかも。
どろどろに溶けて、混ざって、真っ暗で。
足元からずぶずぶと、溶けた世界に沈んで行く。
痛い、熱い、苦しい、助けて。
もがくように腕を伸ばしても、何も掴めず、とぷん。
息が詰まって、苦しくて、もう何も吸い込めなくて吐き出せない。
彼女の目尻に浮かんだ涙が胸に刺さる。
いつもみたいに微笑む勇気はどこから湧いていたんだろう。
ごめんな、ごめんなしぃ、ごめん、嘘だから。
あんなの嘘だから、お前の事嫌いとかじゃないから。
お前は可愛いから、誰よりも可愛いから。
だからしぃ、お願いだから、そんな風に笑わないで。
胸が、苦しいから。
- 49 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:54:09 ID:4gBII52M0
(;,゚Д゚)「ッ……!!」
みんみん、じゃわじゃわ。
みんみん、じゃわじゃわ。
勢い良く起こした上体と、腹に掛けられたタオルケット。
首を振る扇風機、膝や肘に貼られた大きな絆創膏。
全身を濡らす汗の心地悪さに、壁にかけられた時計を見上げる。
昼の一時。
食後に昼寝をして、2時間も経っていない。
あのあと、走って逃げ出したギコは、帰り道の坂で盛大に転んだ。
肘や膝を目いっぱいに擦り剥いて、血を流しながらの帰宅。
傷が大きかったこともあり、あの日以来、学校のプールには行っていない。
友人とも彼女とも顔を合わせたくなくて、ちょうど良いとばかりに宿題ばかりしていた。
友人たちが様子を見に来た事も、あった。
しょんぼりと縮こまりながら、バカみたいに囃し立てた事を謝っていた。
- 50 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:55:22 ID:4gBII52M0
どうやら立ち去ったあと、店番の女子高生に死ぬほど説教されたらしい。
自分がやられて嫌な事はするな。
面白いと思ってるのはお前だけだ。
言われた側がどんな気持ちになるか考えてから行動しろ。
そもそも五年生にもなってそう言う幼稚な事をするんじゃない。
等々、散々に言われたらしい。
さすがに萎れてしまったお調子者の友人は、その場で彼女にも謝っていたと言う。
彼女の妹も泣きながら謝ったらしいが、こちらには謝罪に来なかった。
姉を侮辱された事が引っ掛かっているのかもしれない。
正直、囃し立てた方は、もうどうでも良い。
気がかりなのは彼女の事で。
許せないのは自分の事だ。
顔を合わせたら謝罪したいが、合わせる顔がどこにもない。
- 51 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:56:52 ID:4gBII52M0
学校のプールにも行かず、友達と遊ぶ気にもなれず、黙々と机に向かって宿題をした。
朝から夜まで、休憩を挟みつつ、脇目もふらずに。
真面目にやれば、結果もついてくるもので。
夏休みはまだ前半だと言うのに、宿題はほとんど終わってしまった。
そしてやる事が無くなってしまった。
毎朝ラジオ体操には行くが、他にやる事が無い。
ゲームも漫画も、楽しめそうにない。
外で遊ぶにも、一人ではつまらない。
何をしていても彼女の顔が浮かんでしまって、楽しくない。
胸がしくしくと痛むばかりだ。
謝りたいけど、どんな顔をして会えば良いのだろう。
そのためだけに彼女に会いに行くなんて、出来やしない。
こんな事では、今夜の夏祭りも楽しめそうにない。
今年は一人で回ろうかな、友人を呼ぶのもしっくり来ない。
いっそ、今年は行かないでおくか。
- 52 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:58:19 ID:4gBII52M0
そんな事を考えながら、だらだらと日中を過ごす。
テレビを見たり昼寝をしたり、何も考えないように努めて。
そうこうしてる間に、遠くから太鼓の音が聞こえ始めた。
ここらの祭りは、太鼓を神輿として担ぐ太鼓祭り。
夕方辺りから太鼓を担ぎ、鳴らし、町内を回ってから神社へと向かう。
その太鼓の音が近くなる。
この音を聞くと、不思議と気分が持ち上げられる。
じきに辺りも暗くなり、そろそろ夜店も始まるだろう。
夜の八時になれば花火が上がり、九時からは盆踊りが始まる。
毎年の事ながら、なかなかに豪華で詰め込んでいる。
だらだらと転がっていたギコが、時計を眺めながら身を起こした。
どんどん、腹に響く、太鼓の音。
買ったものを詰め込む為の袋と、小銭の詰まった財布をポケットにねじ込む。
虫除けスプレーをむき出しの足や腕に吹き付けて、サンダルではなく、スニーカーに足を入れた。
(,,゚Д゚)「……いってきます」
夏祭り特有の吸引力には、勝てなかったようだ。
- 53 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 21:59:37 ID:4gBII52M0
膝や肘に貼った絆創膏も剥がれ、問題なく動く手足。
うっすらと夕闇が姿を見せ始めた世界と、夏の混ざったオレンジ色の空気が胸の中に染み込む。
田んぼの横を抜け、小さな橋を越え、まばらだった人影が増えて行く。
近くなる太鼓の音。
どんどんと腹に響く。
迷いそうな橙紫の空。
夜店の灯りが見えてきて、不思議な世界に足を踏み入れたよう。
じゃり、と靴底に小石の感触。
さして広くはない神社の境内にたどり着き
不思議なオレンジ色で形成される夜店の空間に、足を踏み入れた。
むせかえるような人ごみ。
目移りする目映い色彩。
祭り特有の熱い匂い。
全身からお祭りの空気を吸い込んで、先程までの落ち込んだ気分が霧散して行く。
- 54 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:01:05 ID:4gBII52M0
一人で遊びに来たのは初めてだが、祭りの雰囲気自体は楽しめるもので。
小銭を握り締めて、そこらじゅうを見て回る。
好きなアニメのお面を買って、頭に引っ掛けてそのままねりあめを買った。
割り箸につけられた水色のねりあめを、ねりねり、ねりねり、白っぽくなるまで練って、口に入れて。
ああ、夏の味。
しかし金魚をすくったり、射的をする気は何となく起きなくて。
買い食いばかりをして回るギコの目に、透き通る赤がきらめいた。
鮮やかで、透明な赤色。
(,,゚Д゚)「…………リンゴ飴」
大振りなものと、小振りのものが並んで立てられている。
その熱を感じるような赤さをしばし眺めてから、小さい方を指差した。
(,,゚Д゚)「これ、ください」
- 55 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:02:04 ID:4gBII52M0
小さなリンゴ飴をくるくると指先でいじりながら、一人歩く。
こんなものを買って、どうするんだ。
別段美味しいものでも無いと言うのに。
袋を被せられたリンゴ飴をポケットにねじ込み、くわえていた割り箸をゴミ箱に投げ捨てる。
祭りはまだこれからだと言うのに、夜店はあらかた回ってしまった。
ふと立ち止まると、せわしなく動く自分以外の存在が、まるで自分を認識していない様な感覚に陥る。
ざわざわとした喧騒を遠く感じて、急に心細さが胸の奥にわいた。
みんなは楽しそうに誰かと笑ったりしているのに。
どうして自分だけ、一人で居るんだろう。
言い様のないもやもやとした孤独感が胸の中に詰まっていって、居心地が悪くて俯いた。
一人って案外、きついもんなんだな、と頭の片隅で思った。
- 56 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:03:29 ID:4gBII52M0
じゃり、じゃり。
俯いたまま、神社の砂利を踏んで歩く。
サンダルだと、この小石が隙間に入って足の裏が痛むんだよな。
誰だっけ、下駄で来て、小石が挟まって痛いとか泣いてたのは。
鼻緒は擦れるし、履き慣れないから固くて痛いと。
ああ、しぃだっけ。
あいつはいつもすぐに泣くから。
だから俺は靴で来て、サンダルを別に持って。
しぃが泣き出したら、靴を脱いで渡したんだ。
あいつ来てるのかな。
靴、持ってきてるのかな。
じゃり、じゃり。
じゃり、じゃり。
「ギコくん?」
じゃり、
- 57 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:04:48 ID:4gBII52M0
(,,゚Д゚)「……ぁ」
(*゚ー゚)「やっぱり、ギコくんだ」
赤地に白の花の模様、黄色の帯。
赤いリボンで前髪をとめていて、普段とは違う装いで。
視線を上げて目が合った時、ぱあっ、と嬉しそうに笑顔を見せた。
(*゚ー゚)「ギコくんは一人なの?」
(,,゚Д゚)「……おう」
(*゚ー゚)「私ね、つーちゃんと来たんだけど、はぐれちゃって」
(,,゚Д゚)「…………」
(*^ー^)「ギコくんが居てよかったぁ、心細かったんだ」
何で、こんなに平気そうに笑えるのだろう。
あんなに、ひどい事を言ったのに。
- 58 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:05:39 ID:4gBII52M0
普段とは違う世界と、普段とは違う装い。
頭の芯がくらくらするような熱を顔に感じて、しぃから目をそらす。
なんだかいつもよりきらきらしている。
なんだかいつもよりかわいくかんじる。
何してんだよ、せっかく会えたんだから、謝れよ。
今ならうるさい奴らも居ないんだから、謝れるだろ。
でも何だか、恥ずかしくて顔を見られない。
祭りの赤っぽい光に照らされていなければ、頬の熱はまるわかりだったろう。
顔を背けて黙っていると、しぃはもじもじと申し訳なさそうに俯いてしまった。
ちらちらとこちらを盗み見るが、何も言えずに巾着の紐をいじるだけ。
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ -゚)「…………」
ぽつり。
きゅ、と気恥ずかしさに唇を噛んでいると、鼻の頭が濡れた。
- 59 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:08:08 ID:4gBII52M0
ぽつ、ぽつ。
いつの間にか真っ暗になっていた空から、大粒の雨粒が降ってきた。
はじめはぽつぽつと雨粒が数えられる程だったが、次第にそれは数えきれなくなり。
ざあざあと、どしゃ降りになってしまった。
(*゚o゚)「大変、雨降ってきちゃった」
(,,゚Д゚)「……こっち」
(*゚o゚)「え? あっ、待ってよギコくん!」
(,,゚Д゚)「濡れるだろ! 早く来いよ!」
咄嗟にしぃの手を掴んで、慌てて移動する人ごみに逆らう様に走り出した。
からから、ころころ。
たまに躓きながら、下駄の音がすぐ後ろをついてくる。
走り出したは良いが、実は行き先は決めていない。
しぃと二人で話せる場所を、と思い付きでの行動だ。
- 60 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:09:18 ID:4gBII52M0
からころ、からころ。
参道を外れて鎮守の森へ。
がさごそ、がさごそ。
森の奥へ、奥へ。
がさがさ、どさり。
獣道を抜けた辺りで、引いていた手が重くなった。
(,,゚Д゚)「何してっ」
(*゚ -゚)「ギコくん……ここ、どこ……?」
(,,゚Д゚)「え……」
転んだ彼女は周囲を見回して、不安そうにこちらを見上げた。
ざあざあ、雨が降っている。
祭りの喧騒は遠く、もう聞こえやしない。
周囲は真っ暗、雨の森。
濡れた土と緑のにおいが、先程までの熱気を冷ましてゆく。
- 61 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:10:37 ID:4gBII52M0
冷えた空気にぞくりと肌が粟立ち、ギコは慌ててしぃを起こした。
泥にまみれた浴衣を手で払ってやり、足元の下駄に目を落とす。
またこんなので来たのか、と思ったら、左足の鼻緒が外れてしまっている。
接着剤で固めてあっただけなのだろう、穴に鼻緒の端を押し込んでから、立ち上がる。
その一連の動作を見ていたしぃは、どこか嬉しそうにも見えて。
雨足が強くなる。
手を引いて、近くの大きな木の足元に身を寄せた。
木の下と言うのは少しは雨がしのげるもので
ぽつぽつと頭や肩に水は当たるが、雨ざらしになるよりはマシだった。
(*゚ -゚)「…………」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ -゚)「ここ……どこだろ」
(,,゚Д゚)「……さぁ」
(*゚ -゚)「誰もいないね……」
(,,゚Д゚)「うん……」
- 63 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:12:39 ID:4gBII52M0
(*゚ -゚)「……さむい」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ -゚)「おうち、帰れるよね……?」
(,,゚Д゚)「雨が止んだら、降りれば良いだけだろ」
(*゚ -゚)「そうだよね……そう、だね……」
(,,゚Д゚)「…………」
(*; -゚)「ぁ……」
(,,゚Д゚)「え?」
(*∩-;)「あ、ぅ」
(;,゚Д゚)「えっ」
(*∩-∩)「ぅー……」
(;,゚Д゚)「嘘だろおいっ、泣くなよ!?」
- 64 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:13:52 ID:4gBII52M0
(*∩-∩)「ごめ……ごめんね……私、すぐ泣くから……」
(;,゚Д゚)「あ、やっ、ちが……」
(*∩-∩)「やだよね……すぐ泣くの……」
(;,゚Д゚)「そんな、こと……」
(*∩-∩)「泣かないようにね、頑張ってたんだけどね……涙出ちゃうの……ごめんね……」
(;,゚Д゚)「何で、謝ってんだよ……」
(*∩-∩)「だってね、ギコくんはさ、私のこと好きじゃないでしょ?」
(;,゚Д゚)!
(*∩-∩)「だからね、お祭りの時、嫌われちゃったから、もう嫌われないようにしてたの」
(;,゚Д゚)「は、いや、何」
(*∩-∩)「ごめんね……すぐ涙引っ込めるから……」
(;,゚Д゚)「あ、う、あうあう……」
参ったぞ、謝るつもりが謝られてる。
- 66 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:15:04 ID:4gBII52M0
どうにかして泣き止ませよう。
どうにか謝るの止めさせよう。
ハンカチなんて気のきいたものは持っていないし、うまい言葉も浮かばない。
ええと、ええと。
がさ。
ポケットに入れたままの何かが、今だと主張する様に音を立てた。
(;,゚Д゚)「おい!」
(*; -;)「へ?」
(;,゚Д゚)「これ! やるから!」
(*; -;)「……リンゴ飴……? くれるの……?」
(;,゚Д゚)「あの、えと、前にさ! 買ってやれなかったろ!?」
(*; -;)!
(;,゚Д゚)「だからあの、や、やるから、泣くなよ」
- 67 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:16:49 ID:4gBII52M0
(*; -;)「前の、お祭りの……?」
(;,゚Д゚)「そ、そうだよ、お前泣いてたのに、置いてったし、あの」
(*; -;)「…………」
(;,゚Д゚)「ご、ごめんな!!」
(*; -;)「えっ」
(;,゚Д゚)「祭りで置いてったし! お前泣いてたし! 顔合わせづらかったし!!」
(*; -;)「ギコくん……」
(;,゚Д゚)「こないだもな! お前ブスじゃないから!! 嫌いでもないから!!」
(*ぅ-;)(良かった……嫌われてないんだ……)
(;,゚Д゚)「お前は可愛いし! 好きだから!!」
(*ぅ-゚)「え」
(;,゚Д゚)「あ」
(*゚ -゚)
(;,゚Д゚)
- 68 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:17:52 ID:4gBII52M0
(*゚ -゚)
(;,゚Д゚)
(*∩-∩)゙
(;,゚Д゚)「や、やめろ! それやめろ!!」
(*∩-゚)「……すき?」
(;,゚Д゚)「忘れろ」
(*゚ -゚)「可愛いって、思ってくれてるんだ……」
(;,゚Д゚)「忘れろほんと」
(*^ー^)「……えへへ、嬉しいな……」
(;,゚Д゚)「うっさい、うっさいブス」
(*^ー^)「嫌われてなくて、良かったぁ」
(;,゚Д゚)「聞けよブス、泣き虫」
(*^ー^)「えへへ……」
(;,゚Д゚)(ちくしょう)
- 69 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:18:41 ID:4gBII52M0
(*゚ー゚)「……私ね、あれからずっと嫌われてると思ってたの」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「だからね、泣かないように頑張ってたんだけどね」
(,,゚Д゚)「…………」
(*^ー^)「やっぱり、泣き虫のままだったや」
(,,゚Д゚)「……リンゴ飴」
(*゚ー゚)「へ?」
(,,゚Д゚)「溶けるぞ、飴」
(*゚ー゚)「……うん、いただきます」
がさがさ、ばりばり。
飴に張り付いた袋を剥がして、真っ赤な飴に舌を這わせる。
濡れた髪と頬。
赤く染まってゆく舌先。
それを眺めていると、また妙に熱くなって。
目が合うと、勢いよく顔を背けた。
- 71 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:19:44 ID:4gBII52M0
(*゚ー゚)「ギコくんは何で顔そらすの?」
(,,゚Д゚)「うっせバカ」
(*゚ -゚)「むぅ、ギコくんより成績良いもん」
(,,゚Д゚)「うっせうっせ」
(*゚ー゚)「……今度ね、水泳教えてほしいな」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「つーちゃんとか長岡くんはね、教えてくれるけどちょっと分かりにくいんだぁ」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「ギコくんがね、一番分かりやすいの」
(,,゚Д゚)「一口」
(*゚ー゚)「え?」
(,,゚Д゚)「一口よこせ、飴」
(*^ー^)「うん」
- 74 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:21:21 ID:4gBII52M0
顔をそむけたまま受け取った飴。
真っ赤に濡れたそれを、一口舐める。
甘ったるい。
体に悪そうなくらい甘ったるい。
てっぺんの平らな飴に歯を立てて、噛み砕く。
口の中いっぱいに甘さを感じて、頭の芯が痺れた。
(*゚ -゚)"「あ、てっぺん噛んだ」
(;,゚Д゚)「ぅわっ!?」
(*゚ -゚)「そこゆっくり食べるの好きなのに」
(;,゚Д゚)「ご、ごめん」
(*゚ー゚)「冗談、くれたのはギコくんだもん、好きに食べて…………ぷ」
(;,゚Д゚)「え?」
(*^ヮ^)「あははっ、ギコくん口の横のとこ真っ赤になってる」
(;,゚Д゚)「ぇ、あ、お、お前こそ口のまわり赤いからな!?」
(;*゚ヮ゚)「うそっ!? ほんとだベタベタする!」
- 75 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:22:24 ID:4gBII52M0
お互いに口許を手で隠して視線を合わせる。
少ししてから互いに吹き出し、下らない事に笑い合った。
なんて顔してるんだよ、ブスだなお前。
そっちだって口が裂けてるみたい。
冗談めかして、肩を押し合って、久々にちゃんと笑えた気がした。
最近のこと、昔のこと、思い付く限りを言葉にして交わす。
吹っ切れたように笑って話が出来て、心にずっと引っ掛かっていたものが溶けてゆく。
ふと、手を空に向かって差し出してみた。
雨はもう止んでいた。
(,,゚Д゚)「……雨止んだな」
(*゚ー゚)「そうだね」
(,,゚Д゚)「なぁ、しぃ……一つ良いか?」
(*゚ー゚)「ん?」
(,,゚Д゚)「あのさ、俺」
(*゚ー゚)「……うん」
- 76 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:23:45 ID:4gBII52M0
(,,゚Д゚)「帰り道、わからん」
(*゚ー゚)
(,,゚Д゚)
(*゚ -゚)「ギコくん……」
(;,゚Д゚)「だって! だって走ってきたし! 適当に入ったし!!」
(*゚ー゚)「もー……雨止んだから、お祭りの光が見えないか探そう」
(;,゚Д゚)「はい……」
(*゚ー゚)「遭難なんてやだよー」
(;,゚Д゚)「俺もやだよ……」
(*゚ー゚)「じゃあ、ここ降りて……いたっ」
(,,゚Д゚)「どうした?」
(;*゚ー゚)「えへへ……鼻緒が擦れてたみたい……」
(,,゚Д゚)「まったお前……サンダル持っとけよな……」
(;*゚ー゚)「ごめんなさい……」
- 77 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:24:45 ID:4gBII52M0
(,,゚Д゚)「ほら、俺の履けよ」
(*゚ー゚)「ギコくんは?」
(,,゚Д゚)「裸足で良いから、袋あるから下駄入れろよ」
(*゚ー゚)「……ギコくんは、優しいよねぇ」
(,,゚Д゚)「あー? お前が手間かかるだけだろ」
(*^ー^)「……へへ、ありがとギコくん」
(,,゚Д゚)「わかったから、降り」
どんっ
(,,゚Д゚)「!」
(*゚ー゚)「!」
不意に、辺りが明るく照らされた。
- 79 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:25:41 ID:4gBII52M0
ひゅう、どん、ぱらぱら。
空へと上り、開く花。
木々の隙間から開けた空に鮮やかな光の雨。
雨が止み、中止になりかけていた打ち上げ花火が空に咲く。
その明かりに照らされながら、二人はぽかんと空を見上げた。
(,,゚Д゚)「……こんなとこから見れるんだな」
(*゚ー゚)「山、登ってきたんだね……私たち」
(,,゚Д゚)「…………あ、花火があっちにあるならここから降りればいけるな」
(*゚ー゚)「あ、うん、そうだね」
(,,゚Д゚)「じゃあ、降りるか」
(*゚ー゚)「…………」
(,,゚Д゚)「……もうちょい見るか……」
ぺたん、と彼女の隣に腰を下ろして、空に咲く花火を眺める。
隣を見れば、鮮やかな光に照らされた横顔が、可愛らしくほころんでいた。
- 80 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:27:09 ID:4gBII52M0
とんだ事になってしまったが、何やら仲直りは出来たらしい。
彼女に謝る事も出来た。
気持ちを全て伝え合えた。
手を握って、横に座って、花火も見られた。
雨に降られたが、良かった事が多い。
これなら、また前みたいにクラスでも話せるかも知れない。
いや、前みたいにではないか。
前とは少し、違う感覚で、
「ギコくん」
空を見上げていると、横から声をかけられた。
間抜けな顔のままそちらを向いたら、何か、柔らかな感触。
息のかかる距離にある顔。
閉ざされた目、長い睫毛。
赤く染まる頬、濡れた前髪。
甘ったるい、飴の味。
- 81 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:28:53 ID:4gBII52M0
長くはない時間。
詰まる息と、鼻に抜ける甘さ。
頭の奥から背中の筋がくらくらと、痺れて、のぼせて、ふわふわ。
みるみる熱を帯びる自分の頬に気付いてはいたが、何をどうする事も出来ず、ただ硬直するばかり。
ゆっくりゆっくり、甘い糸を引いて離れて行く可愛らしい顔が、にこり、微笑んだ。
「口の横、赤いの、まだついてたよ」
「…………ぉぅ」
「ギコくん、もう帰ろ」
「ぉぅ……」
裸足の少年はぎこちない動きで手を握り、耳まで真っ赤にして山を、森を降りて行く。
大きさの合わないスニーカーをかぽかぽさせて、少女は手を引かれて歩く。
二人は俯いて、一言も発しはしない。
自分がされた事を、自分がした事を、自分の中で処理しきれなくて
頭から湯気が出るほど、恥ずかしくて恥ずかしくて言葉なんて出てきやしなかった。
- 82 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:30:20 ID:4gBII52M0
いつの間にか神社の側まで降りてこられた二人は、安堵のため息を洩らす。
それと同時に、先程まで自分達のいた場所が、舗装された山道の裏側だった事を知った。
こんな獣道を進む必要は無かったのだと肩を落とすも、二人は顔を見合わせて、
笑える筈もなく、互いに勢いよく真っ赤な顔をそらして俯いた。
そして帰宅してから、二人はこっぴどく親に叱られた。
気が付いたら家に居ないし、びしょ濡れで靴まで無くして。
(祭りに行ったら楽しくなって気が付いたら靴を無くした)
妹をおいてけぼりにして、浴衣までこんなに汚して何をしてたんだ。
(はぐれちゃって雨が降って探してたら転んじゃったの)
お互いの家で叱られる二人は、今夜の事は決して口にはしなかった。
- 83 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:32:05 ID:4gBII52M0
しこたま叱られて、雨に降られたお陰で風邪を引いて。
友達に馬鹿にされて、宿題を一緒にやって。
でもあの子とは、夏休みの間、何だか気恥ずかしくて会えなくて。
目を閉じるとよみがえる、真っ暗な光の中。
遠い熱気と喧騒。
雨の冷たさ、緑の空気。
汗ばむ繋いだ手と足の痛み。
甘い甘い、飴の味。
やわいやわい、唇の熱。
あの日の、夢のような夜の夏。
思い出すだけで恥ずかしさに熱くなる。
けれどあれが夢ではないと、足に貼った絆創膏が告げていた。
- 84 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:33:28 ID:4gBII52M0
登校日。
久々のランドセルの重さに、懐かしさを感じる。
まだまだ暑く、蝉は絶える気配も無い。
久々に見る顔から、しょっちゅう見る顔までが通学路に溢れている。
( ・∀・)「ギッコー」
(,,゚Д゚)「おーモララー、宿題どうよ」
( ・∀・)「自由研究だけ、お前もだろ?」
(,,゚Д゚)「宿題さっさと終わらせるとあとあと楽だわー」
( ・∀・)「だろー? だからいっつも早くやれっつーのに」
_
( ゚∀゚)「おっすおっすー」
(,,゚Д゚)「おう長岡」
( ・∀・)「宿題は?」
_
( ゚∀゚)「なにそれ?」
- 86 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:34:38 ID:4gBII52M0
( ・∀・)「お前ってそう言う奴だよな」
_
( ゚∀゚)「三日あれば終わるし」
(,,゚Д゚)「お前ってやな奴だよな」
( ・∀・)「勉強出来るバカって感じ悪いよな……」
_
( ゚∀゚)「えっ……俺そんな風に思われてたの……」
(,,゚Д゚)「モラは秀才だもんな……」
( ・∀・)「どうせ天才に負けるポジだよ……」
_
( ゚∀゚)「じゃあ水族館行くのやめよっか……」
(,,゚Д゚)「なんだそれ」
( ・∀・)「聞いてないぞ」
_
( ゚∀゚)「自由研究用に友達連れてみんなで水族館行こうって父ちゃんが発案を……」
(,,゚Д゚)「いく」
( ・∀・)「いく」
_
( ゚∀゚)「現金だよなお前らって」
- 87 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:36:16 ID:4gBII52M0
- _
( ゚∀゚)「あと2、3人連れてってくれるって」
(,,゚Д゚)「お前の父ちゃんすごいよな」
( ・∀・)「今度お礼しないとな」
_
( ゚∀゚)「あと誰誘う?」
(,,゚Д゚)「んー」
_
( ゚∀゚)「あ、ギッコの嫁は?」
「ズェア!!」
メギャア(#・∀・)三つ);#)∀゚)そ
「へげぇ!?」
(・∀・;)「ギッコ、眉毛の消えたバカの発言は無視して」
(,,゚Д゚)「あー……誘ってみるか」
(・∀・;)
(,,゚Д゚)「ん?」
(・∀・ )(あ、これ何かあったな……?)
- 88 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:37:58 ID:4gBII52M0
( ・∀・)(今度それとなく聞こう……)
,,(*゚ー゚)
( ・∀・)「あ」
(,,゚Д゚)「あ」
_
( ゚∀゚)「お、嫁じゃん」
( ・∀・)「長岡こっち来て」
_
( ゚∀゚)「え、何? なんかくれんの?」
< クソガ メコォ
< イタァイ!?
(*゚ー゚)「あ、ギコくん……」
(,,゚Д゚)「おう、おはよ」
(*゚ー゚)「うん、おはよう」
(;,゚Д゚)
(;*゚ー゚)
- 89 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:38:56 ID:4gBII52M0
(;,゚Д゚)「あー…………そうだ、、あのさ」
(;*゚ー゚)「う、うん?」
(;,゚Д゚)「今度、水族館行かないか?」
(;*゚ -゚)「!」
(;,゚Д゚)「あの、長岡の父ちゃんが連れてってくれるって」
(*゚ -゚)
(*゚ー゚)「なんだぁ」
(,,゚Д゚)「え?」
(*^ー^)「ううん、何でもない」
(,,゚Д゚)?
(*^ー^)「自由研究まだだから、嬉しいなって」
(,,゚Д゚)「ああ、俺も自由研究まだでさ」
(*゚ー゚)「他の宿題は?」
(,,゚Д゚)「終わった」
- 91 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:40:15 ID:4gBII52M0
(*゚ー゚)「えー、ギコくんすごい、いいなーかっこいいなー」
(;,゚Д゚)「ば、バーカ、さっさと終わらせろよな」
(*^ー^)「うん、頑張るね」
(,,゚Д゚)「おう」
(*゚ー゚)「……ね、ギコくん」
(,,゚Д゚)「ん?」
『あの事、誰にも言ってないよ』
こそりと耳打ちをされて、隣を歩く少女に顔を向ける。
あちらも恥ずかしそうに顔を真っ赤にしているものだから、
こちらも、あの甘さを思い出してしまって。
二人並んで、リンゴ飴みたいな顔をして。
- 92 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:42:00 ID:4gBII52M0
急に暑さが増した気がして、シャツの襟をぱたぱたと熱を逃がす。
しかし暑さは治まる気配もなく、隣に彼女がいる限りその熱が続く事には気付かない。
諦めたように空を仰げば、珍しく入道雲が見当たらなかった。
気持ち良いまでに晴れ渡る空は、雲一つなく真っ青で。
さあ、と吹き抜けるさわやかな風が髪や服を揺らす。
耳に届く、ざわざわと育った稲のなびく音。
身を焦がす様な眩しい日差しが、夏がまだ続く事を教えてくれた。
ちらりと隣の子を見る。
目があって、また顔を背けて。
体感温度は更に高まる。
ああ、なんて暑いんだろう。
夏はまだ、終わりそうにない。
おわり。
- 93 名前:名無しさん:2016/05/29(日) 22:42:57 ID:4gBII52M0
- ここまで。
お付き合いありがとうございました。
王道の甘酸っぱいの書きたかった。
何人か道連れに出来ればそれで良いと思った。
それでは、これにて失礼!