( ^ω^)は見えない敵と戦うようです

1 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 22:44:52 ID:0w0/X/Ow0






          『人は誰しも、自分にしか見えない敵と戦っている』

2 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 22:47:17 ID:0w0/X/Ow0

(; ^ω^)「ぬおおおおおお!死んじゃうおおおおお!!!」

今にも寿命を迎えそうなオンボロの自転車を、リハビリが終わったばかりの足で必死に漕ぐ。
我ながら酷使していると思うが、命の終わり際を迎えそうなのは僕とて同じ。
怖くて振り向くこともできない背後からは、重量感のある足音がズシズシと高速でこちらに向かってきている。
タイヤが後方へ弾き飛ばした何らかの金属部品が、すぐ後ろでグシャリと潰されたのを音で感じて総毛立った。

(; ^ω^)「ツン!そっちの準備はまだかお!?」

ハンズフリーにした携帯に怒鳴るように声を投げると、その向こうの少女の声が即応した。

ξ゚⊿゚)ξ『まだよ!!』

(; ^ω^)「人が分かりきったことを聞く時は!補足の情報を求めてる時だお!あとどんくらいなの!!」

ξ゚⊿゚)ξ『はえーなるほど、内藤って頭良いのね。INT値極振りなのね』

(; ^ω^)「そんな極端な育て方はしてねーお!」

大体どっちかっつーと僕はSPD極振りだ。いやゲームの話じゃなくてこれはオモクソ現実なんだけど。
ここは街はずれの工場地帯、閉鎖された廃工場の一角。
ゲームならシューティングの舞台になりそうなロケーションだけど、あいにくと僕らの戦いは白兵戦だ。
相棒のツンが奇襲をかませる位置取りに敵を誘導すべく、絶賛囮として自転車を漕ぎまくっている。

(; ^ω^)「もっ、マジで、そろそろ限界っぽいお……!良いことなんにもない人生だった……」

ロクな思い出もない16年分の走馬灯がハイライトで脳裏を駆け巡る。
楽しかった部活、謎の自損事故で大怪我、インターハイ断念――走馬灯終わり。
うわぁ、ホントになんにもねーな僕の人生。
いやいや、何か生きる原動力となるべきものがあるはずだ。
希望!そう、明日への希望とかそういうのが!

ξ゚⊿゚)ξ『あ、そういえば明日数学のテストあるわね。帰ったら勉強しなきゃ』

(; ^ω^)「あああああああ忘れてたああああああ!!!」

赤点とったら補修で土日に出なきゃいけないテストがあるんだった。
全然勉強してねえ、こんなことならINT値もっと振っときゃ良かった!
余計なこと考えて集中が乱れたのか、調子よく踏んでいたペダルがずるりと滑って空を切る。
その致命的なタイムラグにより、背後から迫り来る"敵"の前足が僕に追いついた。

3 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 22:48:40 ID:0w0/X/Ow0
(; ^ω^)「ほぎゃあっ!」

自転車の後輪がひねり潰され、慣性そのままに僕は前方へと放り出された。
空中で咄嗟に受け身をとり、ゴロゴロと転がって勢いを殺す。
右足の古傷が今更思い出したように暴れだし、痛みで涙目になりながら振り返った。

( ^ω^)「oh...」

サビだらけながらも懸命に主を運んでくれていた自転車が、残りの前輪含めてぐしゃぐしゃに拉げていた。
しかし、僕の愛車を踏み潰した存在は、夜闇を考慮しても輪郭ひとつ判別できない。
『見えない』のだ。

(; ^ω^)「今日が僕の命日かお……ツン、ドックンに内藤は勇敢に戦って散ったと伝えて欲しいお……」

自転車の残骸を踏みしめながら、見えない何かの発する音はゆっくりとこちらに近づいてくる。
これ以上逃げられることはないと理解しているのだ。INT値たけーなオイ。
僕は最後の抵抗とばかりに仰向け四つん這いでじりじり後退しながら、やがてやってくる死を覚悟した。

ξ゚⊿゚)ξ「諦めるのはまだ早いわ!!」

その時、頭の上の方で携帯越しじゃない声がした。
廃工場のプレハブ小屋、その屋根の上に人影がある。
柔らかくカールした亜麻色の髪、アーモンド型のツリ目がちな大きな眼、僕と同じ学校の女子用ブレザー。
ツンが、鉄パイプに包丁を取り付けた手製の槍を片手に立っていた。
予めとりきめていた誘導場所へ、ようやく辿り着いたのだ。

(; ^ω^)「おっせーおこのドリル女!おしっこ漏らすところだったじゃねーかお!」

ξ゚⊿゚)ξ「ごめんなさい内藤、でももう大丈夫。あとでパンツを買ってあげるから遠慮なく漏らしていいわよッ!!」

(# ^ω^)「言葉のライジングショットやめろって前から言ってんだろーが!」

4 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 22:49:13 ID:0w0/X/Ow0
ツンは脳味噌経由せずに反射神経だけで喋りながらも、油断なく"敵"の方を見据えていた。
僕には見えないが、彼女には敵の姿が『見えている』。
今回の敵は頭が高い位置にあるので高低差のある場所に誘導したのは彼女の指示だ。
そしていま、ツンは敵の頭上を見下ろす屋根の上から跳躍した。

ξ゚⊿゚)ξ「受けなさい、私たちの愛と正義の鉄槌……鉄包丁を!!」

重力加速度に背を押されて、ツンの放った刺突は空中に――そこにある何かに突き刺さった。
宙に固定された包丁が暴れ狂う。獣の悲鳴のような断末魔が響き渡る。
ツンがへたり込む僕の傍へ猫のように綺麗に着地すると同時、ズンと重たい響きと共に包丁が砕け散った。
同時に空間を占めていた不可視の存在感が薄れていく。見えない怪物の『死』だ。

(; ^ω^)「やったか、って聞いていいかお……?」

ξ゚⊿゚)ξ「この高さでは生きてはいまい、って答えるわよ」

シャレにならない生存フラグは幸い現実のものとはならなかった。
パラパラと砕け散った刃の欠片が僕のヘッドライトの光に反射して輝く雨になる。
その光景を見ながら、僕はさっき見た走馬灯の中の一つを反芻していた。

二ヶ月前。
僕がツンと、本当の意味で出会ったときのことを。

5 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 22:50:49 ID:0w0/X/Ow0






【( ^ω^)は見えない敵と戦うようです。】








.

6 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 22:53:58 ID:0w0/X/Ow0
『見えない何かと戦う少女』の噂について、僕が知ったのはごくつい最近のことだ。
噂と言ってもいわゆる口裂け女や人面犬のような超常めいた都市伝説の類じゃなく、もっと身近でホットな話題。
実在する頭のおかしな女にまつわる話である。

曰く、深夜に公園で一人で鉄パイプを振り回していたとか。
曰く、下校途中の小学生の群れへ突っ込んで追い散らかしたとか。
曰く、繁華街を血まみれで全力疾走していたとか。
通報、職質、補導に声掛け、警察のお世話になったことも一度や二度じゃきかないらしい。

まあそこまでならわりとありふれた、一山いくらの変質者としてしめやかに忘れ去られたことだろう。
その少女を巡る話題がいつまでも風化しなかったのは、あるのっぴきならぬ理由によるものだ。
彼女――津村ツンは僕の通う高校の女子生徒で、しかも僕と同じクラスだった。
ことさらに身近な存在で、つまりは対岸の火事じゃなかったということだ。

津村ツンの奇行が始まったのは一年ぐらい前、高校に入学したばかりのことで、噂はすぐに広がった。
取り立てて優秀でも愚鈍でもない中庸な少女だった彼女は、ある日を境に誰もいない場所で空気相手に格闘戦を演じ始めたそうだ。
面白がって見ていた周囲も次第にその鬼気迫る挙動にただならぬものを感じ、何度も辞めるよう彼女に忠告したが、無駄だった。
やがて友人達は付き合いきれなくなり、加速度的に彼女は孤立して、それでも尚見えない何かとの戦いを今日に至るまで続けてきた。

僕がこれまで彼女を知らなかったのは、当時クラスが違ったこともあるけど、
僕自身が部活に熱中していて噂を気にする余裕がなかったからだ。
中学から続けていた陸上部で僕は短距離走のエースを嘱望されていて、毎日早朝から日が暮れるまで練習に明け暮れていた。
期待されるのが嬉しくて、風を切って走るのは心地よくて、縮むタイムに自分の成長が実感できて嬉しかった。
春から二年目になる部活は僕らが主役、絶対に全国に行こうと皆で誓い合ったものだった。

……そう、過去形だ。
半年前に交通事故に巻き込まれた僕は、足の靭帯をかなり深く傷つけた。
藁にもすがる思いで様々な医者に見せたけれども、診断結果は判で押したように深刻の一言。
日常生活に支障が出ないくらいには回復するが、その後も何年かは激しい運動――陸上競技などもっての他。
少なくとも、高校在学中に大会へ復帰することは不可能とのことだった。

とまれかくまれ、最低限のリハビリを終え退院した僕を待っていたのは、人生で体験したこともない程の膨大な"暇"だった。
朝から晩まで、休日も関係なく、5W1Hいつでも陸上のことを考えて生きてきた。
掛け値無しに、部活は僕の全てだったのだ。
なにもやることのない一日がこんなに長いなんて知らなかった。

部活に顔出せば周りに気を遣わせるし僕自身も見ていて辛い。
高校二年の春、とても中途半端な時期に寄る辺を放り出された僕には、居場所がなかった。
そんなときに耳に入ってきた津村ツンの噂は、食べ切れない乾パンのような放課後の過ごし方を決定づけるのに十分過ぎた。
まあ、我ながら軽薄すぎてアレなんだけど、暇つぶしに面白いガイキチさんを見に行こうと思ったわけだ。

7 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 22:55:16 ID:0w0/X/Ow0
 * * *


( ^ω^)「ここがあの女のバトルフィールドかお……」

僕は学校からほど近い国道沿いの公園にやって来ていた。
津村ツンがよく出没するという噂の、図書館や地下鉄の駅が併設されたそこそこ大きい公園だ。
近くに中学校があって、そこの吹奏楽部が野外で金管の練習をしていたりする。
少し前までは花見シーズンで酔客や屋台で賑わっていたが、この時期の平日昼間は驚くほど閑散としている。
子供を遊ばせる主婦や、散歩しているお爺ちゃん達ぐらいしか人影らしきものは見当たらなかった。

ここに来るまでに津村ツンの情報としていくつも噂話を仕入れてきた。
帰宅部の彼女は放課後になると速攻で荷物を纏めて下校し、そのまま街へと繰り出すらしい。
制服のまま通学カバンを持っていることから、帰宅せずに戦いに出ているのだろう。
一度補導された関係で停学になったことがあったが、その時でも制服姿で街をうろついているのを見られている。
そこに何らかのこだわりがあるのかないのか、ともあれ時間帯によっては彼女はことさらに目立つということだ。

長期戦になることは覚悟していたので、手近なベンチに座って彼女を待つ。
春の陽気は西日になっても芝生や噴水を輝かせ、中学生のブラスの音が低く遠く心地よく響く。
餌を貰えると勘違いして寄ってきた鳩が足元でクルクル唸り、脈がないと判断して糞を落としながら飛び立っていく。
その落し物は、僕のベンチの傍に立てかけてあった看板にべちゃりと付着した。
看板にはこう書いてあった。

『不審者注意! 凶器のようなものを持った不審者が出没する事案が発生しています。 見かけたら迷わず110番!』

( ;^ω^)「津村ツンのことかお……?」

思いっきり危険人物として認識されている……。
彼女が人間を襲ったという話は聞かないから、言われるほどの通報事案ではないとは思うけど、今更ながら臆病っ気が尻尾を出す。
というかそもそもこの物見遊山、一人の人間に対してかなり失礼なんじゃないか?
鉄パイプで頭かち割られても文句は言えない、ギプスは取れてるとはいえ僕のこの足じゃ逃げ切ることも不可能だろう。

ゆっくりと落ちていた日が稜線の向こうへ半分ほど身を隠して、急にあたりが肌寒くなった。
気温とは無関係の寒気にぶるりと震えて、引き返す為に立ち上がろうとしたその瞬間。

たむろしていた鳩が一斉に飛び立った。
僕じゃない。まだ身じろぎひとつしていない。夥しい羽音に背筋が伸びる。
夕暮れ時、逢魔が時、オレンジ色の染め上げられた鳩達の飛び立った後に、一つの人影があった。
僕の腰掛けるベンチから50mほど離れた噴水広場に、誰かが立っている。

ξ゚⊿゚)ξ「…………」

緩く巻かれた亜麻色の髪、空気を撹拌できそうなくらい長い睫毛、つんと尖った小鼻と形の良い唇。
間違いない、教室で幾度と無く見かけた級友の顔、津村ツンがそこに立っていた。

8 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 22:56:22 ID:0w0/X/Ow0
手に持った棒状のものは、彼女の身重と同じくらいの丈の竹竿だ……先端が鋭利に切られ、竹槍となっている。
少女の出現を察知した母親達が、子供を抱えてゆっくりと、まるで野生動物から逃げるように後ずさる。
津村ツンは竹槍を右手で遊ばせながら、西日を背に受けて仁王立ちしている。
僕に気付いた様子はなく、その視線は彼女の前方を油断なく見据えていた。
その方向には何もない。しかし津村ツンの姿勢は、間違いなく虚空に存在する"何か"との対峙だった。

ダビデ像という有名な彫像がある。
巨人ゴリアテと対峙した包茎戦士ダビデが、投石器を構え敵を見据える図を表現したミケランジェロの傑作だ。
かの作品が傑作たる所以は、彫像自体は当然ダビデ当人の姿しか描かれていないにも関わらず、
彼が対峙している"そこにいないはずの巨人"を見る者に想起させるところにある。
ダビデの視線の向きや姿勢によって、巨人がどのくらいの大きさで、彼我の距離がどの程度かを、想像で補完できるのだ。

ゆっくりと竹槍を構えた津村ツン、その所作は"彼女に見えているモノ"の強大さをぼんやりと伝えてくる。
距離にして10mの位置にある、高さ2mほどの何かを、彼女は牽制しているように僕には見えた。

彼女はしばらくの間、そうしてじっと動かずにいた。
まるで時代劇、先に動いたほうがやられると言わんばかりの緊張感だ。
子供の手を引く母親達が、ようやく噴水広場からの完全撤退を完了したのと時を同じくして、彼女は動いた。
すう、と息を吸って、

ξ゚⊿゚)ξ「現れたわね……!この街の人々を傷つけさせはしない!何度だってあたしが――護るッ!!」

( ^ω^)「!?」

叫んだ。一息だった。めっちゃ早口だった。
『相手がどういう存在で』『彼女がなんの為に戦うのか』を簡潔に第三者へ理解させる不自然なくらい説明的な口上だった。
津村ツンは砂利を蹴立てて走り出す。左の腰だめに構えた竹槍を、疾駆の勢いそのままに思い切り突き出した。
何もない空間へ。鋭利な先端は(当たり前だが)何者も貫くことなく虚空を斬って砂利へと突き立つ。

ξ゚⊿゚)ξ「よく躱したわね!」

( ^ω^)(あ、避けられたんだ!?)

いちいち自分の攻撃の結果を解説しながら津村ツンは槍を引きずるように横っ飛びに跳躍。
バシャア!と蹴られた砂利がそこかしこへ飛び散り、遠巻きに見ていた子供連れが小さく悲鳴を上げる。
彼女はそれを省みることなく竹槍を下段に振り回した。槍はなんの抵抗もなく津村ツンを中心に旋回。
これも避けられた、ということに彼女の脳内ではなっているのだろう。鋭い舌打ちの音が聞こえた。

9 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 22:57:05 ID:0w0/X/Ow0
( ^ω^)「…………うーん」

何から何まで意味不明だけど、たったひとつこの攻防(のようなもの)でわかったことがある。
……津村ツン、槍の扱いがめちゃくちゃ下手!
素人の僕にもわかる、彼女は明らかに竹槍をつかった戦闘に慣れていない。
突きには腰が入っていないし、そもそも長物の重さに振り回されている感が否めない。
大根役者の殺陣を見ているようだ。あるいは出来損ないのラジオ体操。

ξ゚⊿゚)ξ「くぅ……でも、ここからよ!」

謎の苦戦アピールをしながら津村ツンはやたらめっぽうに突きを繰り出していく。
その表情には一切の混じりっけない殺気が満ちているが、動き自体はどじょうすくいにしか見えない。
いやもう、なんだこれ?凶器を振り回して不思議な踊りをしている頭のおかしい女がそこにいた。
未開の部族かよ。雨乞いの為に生け贄捧げる系の。

ξ;゚⊿゚)ξ「きゃあっ!」

しばらく虚空へ向かって突き連打を繰り広げていた津村ツンが悲鳴を上げて芝生の上を転がった。
バランスを崩してずっこけたというよりなにかに突き飛ばされたかのような転け方だった。
当然誰も彼女に触れてなどいない。槍捌きの拙さに比べ、その動きはまさに真に迫るリアリティがあった。

(;^ω^)「うそぉ……流血してるお!?」

立ち上がる津村ツンの手足には無数の傷があり、酷いものは出血さえしている。
彼女が転がったのは固い砂利ではなく柔らかい芝生の上だ。
汚れこそすれ、あのように傷つくようなことがあるだろうか。
はっと思い至るのは、津村ツンが血まみれで繁華街を走り回っていたという噂の一つだ。
謎の流血は今回が初めてじゃないということか。

(;^ω^)「聞いたことがあるお……」

人間の想像力はときに、強く信じこむことで肉体に物理的な影響を与えることがあると。
梅干しを思い浮かべて口の中に唾液が溜まるように!流水を自分の出血と勘違いしてショック死するように!
一流のファイターがイメトレのし過ぎで現実の肉体で血を流すように!!(漫画の知識)

ξ゚⊿゚)ξ「負けない……この想いが胸にある限りぃぃぃぃッ!!」

咆哮、一閃。
津村ツンが上段から杭を打つかのように握った竹槍を地面へ突き立てる。
その瞬間、竹槍が先端からバキバキと爆ぜ割れ、砕けて粉々の破片となって散らばった。
己の得物の最期を見届けて、ここへ現れた時から張り詰めていた彼女の顔からふっと険が抜ける。
ぶわっと風が公園を吹き抜けて、無手となった津村ツンは血の滲む肩を抑えながら後ずさった。

10 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 22:57:45 ID:0w0/X/Ow0
ξ゚⊿゚)ξ「ふーっ……」

( ^ω^)「倒した、ってことかお……?」

僕には何も見えないが、津村ツンが大人しくなったということは、『敵』はいなくなったのだろう。
女子高生による常軌を逸したパントマイムは、こうして誰の喝采も浴びること無く幕を下ろした。
彼女が放り出していた通学カバンを拾って公園を立ち去るまで、観衆の誰もが無言のままだった。
ようやく日常を取り戻した噴水広場、その『現場』へ僕は歩み寄る。

( ^ω^)「ゴミ片付けてかねーのかおあの女……」

バラバラになった竹槍の破片は砂利の上に残されたままだった。
ホームセンターで売ってるような普遍的な青竹だが、"刃"の部分がきつね色に変色している。
竹槍の作成方法の話になるが、単に生の竹を鋭角に切り落としても槍として使えるほどの強度はない。
金属と同じように焼きを入れて硬化処理をする必要があり、適切に行えば人体など容易く貫く穂先となる。
この残骸を見るに、油で揚げるかなにかしてしっかり焼入れが施してあった。つまり。

( ;^ω^)「ガチの凶器じゃねーかおこれ」

一体何と戦っているつもりなのか。
地味にショックだった。津村ツンは、本当に殺傷能力のある武器を公園で振り回していたのだ。
どうしよう、マジで警察に通報したほうがいいかも……それが善良な市民の義務のような気もする。
再び背筋が寒くなって、僕はそそくさと退散すべく踵を返した。
そしてその過程で、視界の端に見逃せない痕跡を見つけた。

( ^ω^)「これ、津村ツンがやったのかお……?」

広場の中央にある、公園を象徴するような巨大な噴水。
その縁石の一部が、大きくえぐれ砕け散っていた。
今日ここへ来たばかりのとき、確かに噴水は全周囲無傷のままだった。
ということは、この破壊は津村ツンが『戦闘』をおっ始めてから発生したもので間違いない。
だが、彼女の得物は竹槍。刺突でこんな爆心地みたいに石が砕けるだろうか。

( ^ω^)「……!」

そして噴水の周りの敷かれた砂利もまた、広範囲にわたって掘り返され巻き散らかされている。
まるで巨大な何かがのたうち回ったみたいにだ。

改めて問いたい。

――津村ツンは、一体何と戦っていたのだろうか。

11 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 22:58:40 ID:0w0/X/Ow0
 * * *


( ^ω^)「ってなことがあったんですお」

('A`)「マジで?超ヤベェじゃん」

翌日の放課後、僕は図書室でことのあらましを一通り説明した。
向かいに座っているモヤシみたいに細い男は竹島ドクオ、最近できた僕の友達だ。
僕ら以外に誰もいない高校の図書室で、彼は僕の話を聞いているのかいないのか、赤本片手に公式を綴っている。
受験勉強をしているのだ。

( ^ω^)「期待してた反応と違うお。もっとテンション上げて驚けお」

('A`)「暖かくなってきたからな。そういうこともあるだろ」

( ^ω^)「うわめっちゃ一理ある」

ドクオとは事故からの退院後、暇にあかせて校内を彷徨っていた時に出会った。
クラスは違うけど同じ学年で、部活には所属していない。
取り立てて進学校でもないうちの学校で、二年生の春から受験勉強なんてよっぽどのガリ勉か頭がおかしいかだけど、
ドクオはおそらく後者だと思う。

津村ツンが"動"の変人だとしたら、竹島ドクオは"静"の変人の名をほしいままにしていた。
クラスのいかなるグループにも属さず、365日病める時も健やかなる時も常に机に張り付いて勉強している。
そんな感じだからさぞ成績優秀なのかと思いきや、驚いたことに彼は赤点常習者でもあった。
なんのための勉強だよと聞けば、だから勉強してんだろーがとIQの高い答えを返された。

そんなんでいいのか、こいつの青春。
もっと先生に聞くとか効率の良い勉強方法あるだろって感じなんだけど、あくまで独力を貫くのは彼なりの矜持なんだろう。
実際話してみると結構お喋りで話題も広く気の良い奴なのだが、その尋常ならざる偏屈さは他の追随を許さない。
同級生達が恋に部活にと青春を燃やす中、一人だけなんか違う次元で生きてるみたいな男だった。

('A`)「見えない敵と戦うなんてのはな、俺たちの世代じゃ別に珍しいことでもねーだろ。
    頭の中のテロリストにまで警察は動いてくれねえんだから、自分で倒しにいくしかねえのよ」

( ^ω^)「んもードックンはすぐそーいうこと言う……」

ドライな意見だけど、まあ、正論だ。僕にだって覚えはある。
中高生にありがちな、自分だけにしか見えない敵とバトルを繰り広げるアレだ。
やれ国家の陰謀だの、前世からの因縁だの、どこぞの国の工作員だの、外宇宙からの侵略者だの……
授業中にテロリストが襲ってきて僕だけが学校を奪還すべく暗躍する妄想はそりゃあ誰だってするだろう。
しかし、津村ツンはもう高校二年生なのだ。そういうのからは卒業して然るべき年齢なんじゃないのか?
IQ低すぎじゃない?

12 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 22:59:45 ID:0w0/X/Ow0
( ^ω^)「大人の意見で片付けてもいいんだけど、どうしても僕には津村ツンがただの厨二病には見えないんだお。
     それに、噴水が物理的に破損してた件も気になるし。アレは妄想じゃ済まされんお」

それから彼女の負った傷も。
津村ツンは、いつもと変わらぬ姿で今日も登校してきた。
ズタズタになっていたはずの彼女の手足は、まるでそれ自体が白昼夢のように無傷のままだった。
終始無言で一人で始業から放課までを終えた津村ツンは、相変わらずのスピードで下校して行った。

('A`)「世の中にお前の知らない物理現象が隠されてたって不思議じゃないんだぜ、内藤。
   何もないところで事故ったお前みたいなケースだってあるんだからよ」

( ^ω^)「あー……」

半年前の僕の事故について、自分のことにも関わらず僕は詳しく知らなかった。
知らなかったというか、記憶がないのだ。
部活帰りに自転車で坂を駆け下りていて、なにかにぶつかって、地面に叩きつけられた。
病院ではそのように説明を受けたが、肝心の何にぶつかったのか僕にはわからなかった。

救急車が出動するような大事故だったので、当然現場検証が入ったけれど、待てど暮らせどなにも出てこなかった。
やがて警察も匙を投げて、僕の選手生命を断った事故は世にも不可解な自損事故として処理されたのだった。
まあ、何かに躓いたのだろう。それは完全に僕のミスで、誰かに怪我させたとかじゃなくて良かったとさえ言える。

( ^ω^)「自分のポカまで見えない敵のせいにしたら、僕は今度こそヤバイ人になっちゃうお」

('A`)「国家の陰謀でお前のインハイ出場が阻止されていたのか……!」

( ^ω^)「ナ、ナンダッテー」

聞く人によって無神経にもとれるドクオの言い様は、僕にとってはむしろ気楽ですらあった。
今後どう逆立ちしたって僕の足は元に戻らないんだから、いつまでもウジウジ被害者ぶっていたくない。
我ながらドライな考え方だと思うけど、こうして割りきってしまうことが僕なりの折り合いの付け方なのだ。
ドクオはノート1ページ分の公式を写し終えて、おもむろに赤本を閉じて言った。

('A`)「気になるんだったら聞いてみりゃいい」

( ^ω^)「お?誰にだお」

('A`)「津村ツン」

13 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:01:10 ID:0w0/X/Ow0
 * * *


まだ勉強を続けるらしいドクオに見送られて、僕は昨日と同じく噴水公園にやってきていた。
津村ツンその人とコンタクトをとる為である。

(; ^ω^)「聞くったって……話しかけるのかお、アレに」

勢いのまま再びここに来てしまったことを僕は早速後悔し始めていた。
好奇心はもちろんあるけど、凶器を持った変質者に話かけるという行為のハードルの高さに愕然となる。
広場の噴水の破壊痕はそのままで、管理事務所の張り紙とビニールテープが張ってあった。
この修理費用って、津村ツンに請求が行くんだろうか。

( ^ω^)「あーやめやめ、触らぬ神にたたりなしだお」

長らく脳内で格闘していた好奇心と危機感の天秤が見事後者に傾き、僕は帰宅することにした。
どう考えたってまともじゃない。話が通じない可能性だってあるし、ヘタに関わって厄介事に巻き込まれるのも御免だ。
帰って勉強しよう。ドクオのことをああ評しはしたけど、なんてったって勉強は学生の本分だもんね!
そう結論づけて僕は踵を返した。

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ」

(; ^ω^)「ひぃっ……!?」

振り返ったすぐ目の前に津村ツンがいた。
なんで足音しないんだコイツ!足元には砂利があるはずだろ!
……ああ、芝生の方から歩いてきたのか、じゃなくて!

(; ^ω^)「津村、さん……」

そしてついに僕は、出会い頭の事故みたいな不可抗力により、津村ツンに話しかけてしまった。
なんか事故ってばっかだな僕。
そんな益体もない考えが上滑りしつつ、僕はいつでも逃げ出せるよう様々なところへ視線を走らせる。
その過程で、彼女の白い肢体を伝う赤の雫に気がついた。

( ^ω^)「怪我してるお……」

津村ツンは昨日と同じく流血していた。
肩口から流れる鮮血を左手で抑え、制服もどことなく埃っぽい感がある。
もしかして、今日はここじゃない別のところで既に『戦闘』を終えてきたのだろうか。

14 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:01:43 ID:0w0/X/Ow0
ξ゚⊿゚)ξ「ああ、こんなものはね、ツバつけときゃ治るのよ。ペロペロっとね」

(; ^ω^)「うええ、そんなんで大丈夫なのかお」

ξ゚⊿゚)ξ「生命(いのち)の味がする」

( ^ω^)「味の感想は聞いてねーよ」

手負いのヒグマみたいなIQ低いことを言いながら津村ツンは自分の腕に唇を這わせた。
破傷風待ったなしかよこいつ。

ξ゚⊿゚)ξ「それよりッ!あなた昨日もここに来てたわね!」

そこはかとなく頬を上気させながら早口で津村ツンは言った。
僕は彼女のテンションに早くもついていけなくなってきた。

(; ^ω^)「た、たまたまだお。ほら僕って暇人だから」

ξ゚⊿゚)ξ「もしかして……あなたも"見えてる"のッ!?」

( ^ω^)「見えてないです」

あ、駄目だ。会話のできないタイプの子だ。
話が通じないんじゃなくて、自分の喋りたいことで頭が一杯なひとだ。
津村ツンは僕が見えない人だと知って露骨に肩を落とした。

ξ゚⊿゚)ξ「なんだ、そうなの……でも、私の戦いは見ていたのよね?」

(; ^ω^)「戦い?僕の目にはソーラン節の練習にしか見えなかったお」

ξ゚⊿゚)ξ「ふふっ当たらずとも遠からずって感じね」

( ^ω^)「遠からないのかよ」

遠からないんだ……今僕結構酷く突き放したと思うんだけど、全然堪えた様子がない。
こりゃいよいよ厄介さんに掴まっちゃったかな。

ξ゚⊿゚)ξ「昨日戦ってたのは、魚タイプの敵だったから。槍で突いて倒したのよ」

( ^ω^)「すんません情報の洪水浴びせかけるのやめて欲しいんですけお」

なんだよもう、僕の知らない概念がどんどん出てくるんだけど。
と、ここでもうなんでも良いから振り払って逃げ帰れば良かったのだ。
だってのに、僕ときたら再び主導権を握り返した好奇心の悪魔に囁かれるままに言ってしまった。

15 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:02:27 ID:0w0/X/Ow0
( ^ω^)「あー、水辺に出現するから魚タイプ的な?」

ξ゚⊿゚)ξ「!!」

津村ツンは雷に撃たれたかのような衝撃を顔で表した。
血まみれの右腕がぬっと伸びてきてガッと僕の肩を掴む。

(; ^ω^)「ひっ!?」

ξ゚⊿゚)ξ「わかる!?やっぱりあなたは"才能"があるわッ!」

めっちゃ嬉しそうな顔で彼女はそう叫んだ。
もう逃さないとばかりにぐぐっと肩に力がこもり、僕は蛇に睨まれたネズミのように萎縮してしまう。
津村ツンのこんな表情、初めて見た。
教室ではいつも何か難しいことを考えてるような仏頂面で、折角可愛らしい容姿をしているのに台無しだと思ったものだけど。
絹のようにきめ細かく白い頬を紅潮させた彼女の笑顔は、こんな状況じゃなければ一目惚れしそうなぐらい美しかった。
こんな状況じゃなければ。大事なことなので二回言いました。

( ^ω^)「津村さんは――」

ξ゚⊿゚)ξ「ツンで良いわ!」

(; ^ω^)「津村さんは」

ξ゚⊿゚)ξ「ツン」

( ^ω^)「……ツンは」

ξ゚⊿゚)ξ「ふふっ、なあに内藤」

僕が渋々言い直すと、津村――ツンは再びぱっと華の咲くような笑顔になった。
というか当たり前だけど僕のことは知ってるのか。クラスメイトだもんな。

( ^ω^)「ツンは一体なにと戦ってるんだお?」

ξ゚⊿゚)ξ「敵よ!」

( ^ω^)「OKツン、相手が分かりきったことを聞く時は補足の説明を求めてる時だお」

ξ゚⊿゚)ξ「ははあ、内藤はもの知りね」

( ^ω^)「そう来たか……」

なんだか頭が痛くなってきたゾ。
コミュニケーションがどんどんわけわかんない方に空滑りしていくこの感じ、IQがガンガン下がっていくぜ。

16 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:03:13 ID:0w0/X/Ow0
ξ゚⊿゚)ξ「敵は敵よ。普通の人には見えないみたいだけど、私には見えるわ」

(; ^ω^)「うーん、もうちょい具体的にお願いします」

ξ゚⊿゚)ξ「私はアレを"無貌の怪物(インヴィジブル・ステルス)"と呼んでいるわ」

( ^ω^)「へーそうなんだーなるほどねー僕はぜってー呼ばねー」

脂ギトギトのラーメンをおかわりしたような気分になってきた。
なんかもう今日は体調すぐれないし帰ろっかな……

( ^ω^)「あの、ちょっと情報を整理したいんで今日はもうお開きということで――」

ξ゚⊿゚)ξ「危ないッ!」

どん、と胸のあたりを強く押されて、僕は仰向けに転がった。
すごい力だった。細身とは言え鍛え込んでて体重もあるこの僕が、何もできずに突き飛ばされた。

(; ^ω^)「な、なにを」

泡を食って叫ぶ僕の言葉尻をかき消すように、どかんと大きな音が響く。
まるでトラックがなにか撥ねたような恐ろしい音と共に、僕の目にはもっと恐るべき事態が映っていた。
ツンが血まみれで宙を舞っていた。

(; ^ω^)「ツン!?」

ξ;゚⊿゚)ξ「へいきッ!!」

空中でそう鋭く返事をするが、彼女はまったく受け身もとれずに砂利の上に叩きつけられた。
サッカーボールみたいに地面をバウンドして転がり、追うように巻き上がった砂利が雨のように降ってくる。
そして、僕らの傍にあった公園の大きな噴水が、その根本から爆ぜ割れ倒壊していた。

(; ^ω^)「あわわわわ……」

太陽はとっくの昔に地平線の向こうに落ちて、いまこのとき噴水広場には僕とツンしか存在しない。
当然こんなところに暴走トラックが入り込んで来るわけないし、見渡す限りそんな巨大なものもない。
隠されていた爆弾とかが爆発した?いやいや、だったら至近距離にいる僕が無事で済むはずがない。
なんの前触れもなく発生した噴水の大破壊、その原因として思い至るものは何もなかった。

(; ^ω^)「って、それよりもツン!」

薄情ながらも、ぐるぐる空回りする思考の果てに、ようやくふっ飛ばされたツンのことを思い至った。
水を吐き出す瓦礫と成り下がった噴水の向こうで、ツンがゆっくりと立ち上がるのが見えた。

17 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:04:32 ID:0w0/X/Ow0
ξ;゚⊿゚)ξ「ごめんなさい内藤……あなたを巻き込んでしまったわ……。
      "出現"は事前にわかるはずなのに、お喋りに夢中で見逃しちゃった」

(; ^ω^)「いやいや、言ってる場合かお!?そんな血だらけで!」

ξ;゚⊿゚)ξ「ツバつけときゃ治るわ」

(; ^ω^)「ツバ足りねーお絶対!」

ツンは足をガクガク震わせながら、しかし手放さなかった学生鞄に手を突っ込む。
ぬっと出てきたのは、キャンプの際テントの固定に使う金属製の杭だった。

ξ゚⊿゚)ξ「巨人タイプ……攻撃力はあるけど動きは鈍いわ。待ってて、すぐに片付ける」

(; ^ω^)「いや危ないんで退避してていいですか、できればお家まで」

ツンは答えず踏み出した。
僕はと言うと、波打ち際のフナムシみたいに仰向けの四足歩行で出来る限り距離をとる。
ツンが走りながら身を低くかがめる――髪の毛を結わえていたゴムが弾け飛んだ。
それが"見えない何か"の攻撃を紙一重で躱したからだと気付いた時には、彼女は地面に杭を突き立てていた。
ただ突き立ったはずの杭が、ひとりでに激しく揺れる。何かを地面に縫い止めたのだ。

ξ゚⊿゚)ξ「もいっぱぁぁぁつッ!!」

既に二本目を握っていたツンの右手が、斜め上方の虚空へと突き出される。
ずぶり、と抵抗感のある音が僕のところまで聞こえてきた。
次の瞬間手元から離れた二本目の杭が空中で激しく暴れ回り、やがて小刻みに震えて停止。
宙に浮かんだままの杭が砕け散った。
見えない何かを、倒したのだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「はぁーっ、はぁーっ……」

その様子を見届けたツンが肩で息をしながらふらりと後方へと倒れていく。
僕は思わず手を出して、その背中を抱きとめた。

(; ^ω^)「だ、大丈夫かお……?」

ξ;゚⊿゚)ξ「なんとかね。制服に仕込んどいた鉄板のお陰で」

ツンの制服の裾から拉げた血まみれの鉄板が滑り落ち、地面に当たって乾いた音を立てた。
これが休みの日も制服でうろついてた理由か……。

18 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:05:19 ID:0w0/X/Ow0
(; ^ω^)「今日はもうどっか別のところで倒したんじゃなかったのかお」

ξ゚⊿゚)ξ「え?昨日今日と公園にしか出現してないわよ」

(; ^ω^)「だってここに来た時にはもうボロボロで……」

ξ゚⊿゚)ξ「あれは繁華街で私の噂を聞いたチンピラに絡まれたから殴り合いの喧嘩になっただけよ」

(; ^ω^)「そんなことしてたのかお!?」

唖然としている僕を尻目に、ツンは息を荒くしながら僕の胸に頬をつけた。
傍から見ると乳繰り合ってるカップルだけど、片方は血まみれで、シチュエーションは瓦礫の中だ。

ξ゚⊿゚)ξ「わかったでしょ。これが私の戦う"敵"」

僕の制服をぎゅっと掴み、吐き出すようにして彼女は言った。
そのとき初めて僕は、ツンの肩が震えていることに気がついた。


認めねばなるまい。

津村ツンは、本当に見えない敵と戦っていたのだ。

19 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:06:10 ID:0w0/X/Ow0
 * * * 


乗りかかった船だから、というにはいささか軽率すぎるかもしれない。
だからもうこの際本音を言っちゃうけど、僕は津村ツンのことが放っとけなくなっていた。

公園での激闘を制した後、僕達は場所を移し彼女の家へと向かった。
出迎えた彼女の母親は、血まみれの彼女を見るとぎょっとしたが、それでも平静を保って家の中へ促した。
多分、もう何度も自分の娘のこんな姿を見ているのだろう。
そして後をひっついてきた僕には、何か縋るような目で「娘をお願いね」と言った。
何をどうお願いされれば良いのか皆目わからないまま、曖昧に僕は頷いた。

ξ゚⊿゚)ξ「ふふっ、部屋に男の子を入れるのって初めて」

(; ^ω^)「いいからとっとと手当をするお」

ξ゚⊿゚)ξ「もう治ったわ」

(; ^ω^)「はぁ!?」

ツンは一切の躊躇なくブラウスの前をはだけた。
僕は一瞬自分の手で目を覆ったが、ツンがそれを掴んでぐいと下ろした。

ξ゚⊿゚)ξ「ほら」

(; ^ω^)「うっそぉ……」

パットと一体化したタイプのキャミソール姿となったツンは、両腕を広げてくるりと回る。
ところどころ血に塗れてはいるが、その血の源となるべき傷は一つも見当たらない。
あれだけズタボロになったのを確かに見たはずなのに。

ξ゚⊿゚)ξ「凄いでしょ、ツバ」

(; ^ω^)「すげぇお、ツバ」

少女の唾液にそんな効果があるなんて知らなかった……。
瓶詰めして商品化したら高く売れるんじゃないか、ブルセラショップとかに。

ξ゚⊿゚)ξ「戦い始めた時からこうなのよ。どんなに酷い怪我でもすーぐ治っちゃう」

( ^ω^)「なんと羨ましい……」

この脅威の治癒力が僕にもあれば、インハイ諦めなくて良かったのかなあ。
まあ死んだ子の齢を数えるようなことしたってしょうがないね。

20 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:07:19 ID:0w0/X/Ow0
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあどこから話そうか……」

彼女の母親の淹れてくれたホットココアを二人で飲みながら、ツンから無貌の怪物()の話を聞く。
いちいち茶目っ気を入れてきてその度に話が横道に逸れるので、ここから先は聞いた話を僕が整理した内容だ。

津村ツンが"敵"を知覚できるようになったのは一年前。
ある日突然街に化物が出現し、街の公共物を破壊し始めたそうだ。
この街は繁華街にほど近く治安もそれほどよくないので、それらの被害は珍走団や半グレの仕業と処理されていた。
しかしツンにはそれが化物によるものであると分かった。見ていたからだ。

初めは警察に通報したり周りの大人に知らせたりしていたが、誰一人として信じる者はいなかった。
彼女以外の誰にも化物を見ることが出来なかったのだ。

やがて正義感と、自分だけが見えているという使命感によって、ツンは化物と戦い始めた。
化物との戦いは熾烈を極め、時には大怪我することもあったが、不思議と傷はすぐに治癒した。
代わりに彼女が被ったのは、見えない何かと戦う厨二病をこじらせた子という汚名だった。

化物は様々な形状があり、ツンはそれを魚タイプや犬タイプ、恐竜タイプや巨人タイプと分けて呼んだ。
基本的にはその数種類がローテーションで出現し、従ってツンはその全てと戦闘経験がある。

概ねコンクリ製の噴水を破壊するほどの攻撃力を持つが、素早さは大したことなくて女子高生のツンでも格闘できる程度だ。
急所は頭か心臓。これは生き物として共通する弱点で、槍のようなもので刺突するのが最も効果的。
急所の部位を破壊するか、出血多量に追い込めば殺すことができ、その意味でも打撃より刃物のほうが都合が良かった。

( ^ω^)「でも白兵戦は危険すぎるお。飛び道具とか使わないのかお?」

ξ゚⊿゚)ξ「ホームセンターに売ってないじゃない……」

なるほど、言われてみればそうである。
なんの後ろ盾もないただの女子高生が武器になるものを入手するには、ホームセンターぐらいしか頼れる場所がない。

ξ゚⊿゚)ξ「少し前に海外の通販でボウガンを買ったんだけどね、職質されて取り上げられた。
      もうめちゃくちゃ怒られたわ。お父さんにもぶん殴られたし停学になったし」

(; ^ω^)「そりゃそうだろ過ぎる……」

当たり前だが日本は法治国家、殺傷力のある飛び道具を理由なく持ち歩いて良いわけがない。
いや理由はあるんだけど、それを第三者に理解してもらうことは不可能だ。見えないんだから。
そもそも化物はわりと一目のあるところに出現するのだ。
流れ弾が周りの人に当たりでもしたらそれこそ街の防衛どころの話じゃない。

そもそも、あんな衆目の中凶器を振り回してこれまで逮捕されなかったのが奇跡みたいなものだ。
いや補導はされてるんだけど、それでも彼女が高校生をやれてるのは、ツンがまだ未成年で、年端もいかない少女だからだ。
それにしたって限界はある。遠からず、彼女は本当に逮捕されてしまうだろう。

そこまでツンの話を聞いて、僕の中に一つの覚悟が決まっていた。
少なくとも一回、僕は彼女に命を救われている。その借りは返しておきたいと思った。

21 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:08:25 ID:0w0/X/Ow0
( ^ω^)「ねえツン、そのインビジブル……なんだっけ?」

ξ゚⊿゚)ξ「インヴィジブル・スティッキー・フィンガーズよ」

(; ^ω^)「あれ!?そんな長ったらしい名前だっけ!?」

いや元も大概長ったらしいけど!さてはコイツ自分で名前付けたの覚えきれてねーな!?

( ^ω^)「まあいいや。その"敵"退治だけど……僕が手伝えることなにかないかお?」

ξ゚⊿゚)ξ「……!」

ツンはもともと大きな眼をさらにくわっと見開いて僕を見た。
ケツにドライヤーあてられた猫みたいな表情だった。

ξ;゚⊿゚)ξ「い、いいの……?仲間になってくれるの……!?」

仲間、って言い方は誤謬があるかな。僕まだ逮捕されたくねーし。
でもそんな感じだ。見えない戦えない僕でも、ツンを後見し支えることはできるはずだ。

( ^ω^)「いいお。仲間になるお。一緒に戦う……のはアレだけど応援はするお」

ξ;゚⊿゚)ξ「なんで……?」

(; ^ω^)「なんでって……ええー……」

最初会ったときあんだけグイグイ押してきてたのに今更引くのかよ。
ここで断られたら僕がなんか勘違い野郎みたいじゃん。足手まといになるタイプの。

ξ゚⊿゚)ξ「ごめんなさい、初めの頃そうやって手を差し伸べてくれた人達が、みんな私を笑い者にしたいだけの嘘つきだったから」

( ^ω^)「あー、あー……」

ツンのこの唐突な人間不信がなんとなく理解できた。
多分、傍から見たら狂人でしかないツンを、晒しあげる為に面白がって接触した奴がいたんだろう。
胸糞わるい話だけど、心理としては理解できる。そういうのわかっちゃう。IQ高いから。

( ^ω^)「僕は友達少ないから、ツンを一緒に笑い者にする相手がいないんだお」

ξ゚⊿゚)ξ「そうなんだ。私と一緒ね」

( ^ω^)「いやお前と一緒にすんなお」

ξ;゚⊿゚)ξ「ひどい!」

違う違う、つい暴言が出てしまったけど、そりゃ僕だって友達の一人や二人いるけど(ドクオとかドクオとか)。
そうじゃないのだ。僕がツンと関わろうと思うのは、絶対に悪意からじゃない。これは断言できる。

22 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:09:37 ID:0w0/X/Ow0
( ^ω^)「この際だから言わせてもらうけど、ツンは戦い方が下手くそすぎるお。
     いつかマジで、逮捕される前に死んじゃうお。危なっかしくて見てらんねーお」

ξ゚⊿゚)ξ「内藤は、上手な戦い方を知ってるの……?」

( ^ω^)「男の子を舐めんじゃねーお。布団の中でする妄想はいつでもバトル展開だお。
     女子高生とはイメトレの厚みが違うってんだお」

なんか童貞が恋愛指南するみたいになってるけど、これは本心だ。
男の子はいつでも、戦うことを考えてる。

( ^ω^)「学校を占拠したテロリストを撃退する妄想は中学の頃から数百回としているけど、
     僕はその全てにおいて人質を無傷で救出し勝利を収めている。この意味がわかるおね?」

ξ゚⊿゚)ξ「すごい……!」

( ^ω^)「すごいかーそっかーそうだよねー……」

やべえな。これまじで吐いたツバ飲まねーようにしないと。
ツンを口説き落とす為の大言壮語とは言え、こうもキラキラした目で見られると内臓の座りが悪い。

( ^ω^)「まあ色々言ったけど、ツンを応援したい一番の理由は別にあるんだお」

僕は居住まいを正す。

( ^ω^)「この街は僕の街でもある。だから守りたいって気持ちはツンと同じだお。
     ツンは今までずっと一人で守ってきてくれたおね。まずそのことに感謝すべきだったお。
     ……本当にありがとう」

ココアのマグを置いて、両手を膝につけて頭を下げた。
ツンはその様子をしばらく口をパクパクさせながら見て、その唇を震わせて言った。

23 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:10:16 ID:0w0/X/Ow0
ξ゚⊿゚)ξ「な……」

( ^ω^)「な?」

ξ;⊿;)ξ「ないとぉぉぉぉ……!」

ツンの猫のように大きな眼から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
両腕で僕の背中を掴むようにがばりと抱きついてくる。キャミソール一枚隔てて彼女の体温が伝わってくる。

(; ^ω^)「おおっ!?ちょっツン、落ち着くお!?」

ξ:⊿;)ξ「うん……うん……」

肩を震わせて縋り付くツンの背中をさすりながら、僕は彼女が想像以上に追い詰められていたことに気付いた。
当たり前だ。一年以上もずっと、たった一人で誰にも理解されない戦いを続けてきたのだ。
どれほど血を流し傷ついても、例え友達だった人から後ろ指を差されても、彼女は一人で戦ってきた。
昨日のあの妙な説明口調も、つまりは誰かに分かって欲しいという渇望の発露に他ならない。

津村ツンをとりまく状況は、16歳の少女にとってあまりに過酷で、残酷だ。

それでも、どんなに辛くても怖くても、大丈夫かって聞いたら、きっと君は平気って言うだろう。

だからせめて、僕は君の理解者でありたい。

その日、ツンが落ち着くまで抱き留め続けて、はにかんだ彼女に見送られて家を後にして、
涙とよだれでベトベトになった制服をどう処理しようか悩みながら、僕は決意した。

24 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:11:08 ID:0w0/X/Ow0
 * * *


( ^ω^)「ってなことがあったんですお」

('A`)「マジで?超ヤベエじゃん」

翌日の放課後、僕ら以外誰もいない図書室で、古典の勉強をしているドクオに仔細を報告した。
一連のお話は元はといえば彼の提案に端を発しているので、報告は義務である。

(; ^ω^)「期待してた反応と違うお。もっとリア充爆発汁!とか血涙流しながら言って欲しいお」

('A`)「いやいや、拙僧感服致しましてな内藤殿。よくぞ啖呵を切られなすった。
   暇持て余してるだけのミーハーウンコカスかと思ったらなかなかどうして侠義があるじゃねえの」

( ^ω^)「僕そんな風に思われてたのかお!?」

ミーハーは否めないけどウンコカスは酷すぎだろ。いや動機はマジ軽薄でウンコカスだけどさ。
でもこういう歯に絹着せずに悪いことはズタボロに言ってくれるところが内藤好き!

( ^ω^)「つか、超常現象の方には突っ込みなしかお?わりとマジに信じてもらえるか不安なんだけど」

('A`)「んあー、コメントしづれーな。俺が現場を見たわけじゃないから否定も肯定もできねえ。
   かと言って見たいとも思わん。関り合いになりたいとも思わん」

(; ^ω^)「中立ヅラして結構ボロクソ言いやがる……」

('A`)「それでいいんだよ。とりあえずお前がちゃんと津村のこと分かってりゃ、それであいつは救われる。
    津村がお前に懐いてるのも、理解者はお前一人いりゃ十分ってこったろうよ」

( ^ω^)「そーいうもんかお」

津村ツンにまつわる噂の最新情報は瞬く間に学校中に浸透した。
その内容は狂人に仲間が増えたということであり、すなわち内藤ホライゾンについてであった。
なんでこんなに早く情報が広まったかと言えば、今日は朝からツンが僕の周りに纏わりついて離れなかったからだ。

ξ゚⊿゚)ξ「内藤!おはよう!昨日はありがとう!!凄く嬉しかった!!!」
ξ゚⊿゚)ξ「内藤!移動教室よ!!一緒に行きましょう!!!」
ξ゚⊿゚)ξ「内藤!お昼ごはんよ!!内藤はいつも購買よね、今日は私がお弁当作ってきたわ!!!」
ξ゚⊿゚)ξ「内藤!はい!!あーん!!!」

とまあそんな感じで大声&早口で僕の周りで喋りまくるので、目立たないわけがないないのない。
まるで高校に入ってからずっと喋ってなかった分を取り返すかのように彼女はよく話した。
孤立する前はもともとお喋りな娘だったらしいし、本来の彼女の気性がちょっと濃い目に出てる感じなのかな。
トイレにまでついて来ようとしてマジあせった。

25 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:11:41 ID:0w0/X/Ow0
('A`)「弁当うまかったか?」

( ^ω^)「生命(いのち)の味がしたお」

('A`)「なんだそりゃ」

僕はと言えば、もともと友達が少なかったところに事故のせいで変に遠慮されて孤立ぎみだったので、
本当に今日はクラスでツンとしか喋ってない。ちなみに昨日は誰とも話さなかった。
あれ?これなんか変な共依存入ってね?

放課後になって、ツンは赤点の補修で居残り授業、僕はこうしてドクオに会いにようやく一人になった。
教室を後にするときの、ツンの捨てられた子犬のような眼が忘れられない……。

( ^ω^)「そういうわけで、昨日あんだけ大船こさえちゃったので、このあと対化物の作戦会議なわけですが」

('A`)「そうなんですか」

( ^ω^)「なんとかお知恵を拝借できませんでしょうか」

('A`)「お前まじウンコカス」

不服はなかった。おおかたその通りであると認識していた。
しかしウンコカスと言えども意地はある。カッコいいとこ見せたいと思っているのだ。
だからこうして頭脳労働が得意そうなドクオにブレーンになってもらわんと打診している次第である。

( ^ω^)「なんかあんだろよーそんだけいつも知識詰め込んでるならよーガリ勉の意地みせろよー」

('A`)「おーやったろーじゃねーか三角関数の角のとこでぶん殴るかー?」

(; ^ω^)「……ドクオさん、三角関数が何たるか理解してるお?説明できるお?」

('A`)「…………わからん」

( ^ω^)「おめーもウンコカスじゃねーか!中学の範囲なんですけお!!」

そのとき、スパァンと図書室の扉が全開になった。

ξ゚⊿゚)ξ「――ふふっ、するとさながらこの図書室は肥溜めってわけね!!」

(; ^ω^)「ひぇっ!?」

逆光の中登場したのは補修を受けていたはずのツンだった。
登場と同時に唐突に話に加わるのまじやめてほしい。どっから聞き耳たててた?

26 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:12:31 ID:0w0/X/Ow0
(; ^ω^)「つ、ツン……早かったおね」

ξ゚⊿゚)ξ「ふたりだけ楽しそうでズルい!!私もウンコカスになりたい!!!」

(; ^ω^)「なりたいんだ!?」

孤独を恐れるあまり自ら汚物と成り下がろうとするか、津村ツン!
汚物界の先達としては、この業界なかなか甘くないってことを教えてやりたいものであるがどうだろうか。

ξ゚⊿゚)ξ「内藤!補修は終わったわ!!早速街に繰り出しましょう!!!」

( ^ω^)「もうちょっとテンション下げて喋ってもらえませんかねマジで」

ここ、一応図書室なんですけお。
まあ非進学校の図書室なんてまじで僕らみたいな落ちこぼれの溜まり場か不良のしっぽりスポットでしかないんだけど。
図書委員すらいねーってどういうことよ。

ξ゚⊿゚)ξ「敵が出るのは夕暮れ頃よ。それまでに予測出現場所に現着しないと」

( ^ω^)「あーうん、わかったお……」

僕は生返事しつつドクオをちらりとみた。
彼はうっとおしげに掌をしっしっとやってきた。プラチナむかつく。

('A`)「お前のお友達だろ、はやくなんとかしろよ」

( ^ω^)「僕はドックンのことも友達だと思ってるお……?」

('A`)「その報告はいらないです」

( ^ω^)「こいつゥ」

ツンの腕が僕の首に絡まった。
僕の腰があんまり重いものだから首根っこ掴んで連れて行くつもりらしい。
昨日のキャミ越しの感覚を思い出してちょっとドキドキした。

('A`)「内藤」

大型犬の散歩のように引きずられていく僕。ドアの向こうにドクオの顔が隠れる前に、彼は静かに言った。

('A`)「効くのは物理攻撃だけか?」

扉が閉まる。
それは、大親友からのこころばかりの餞別としての、助言だった。
んもードックンのそういうところが内藤大好き!

27 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:13:40 ID:0w0/X/Ow0
 * * * 


( ^ω^)「物理攻撃以外も試してみるべきだお」

ツンいきつけだというホームセンターで、僕らは武器になるものを物色していた。
"敵"の出現予測地点は、この店から大通りを挟んだ向かいの河川敷だ。
どういう原理か、ツンにはその日に敵が出現する場所がメートル単位で知覚できるのだという。
見えないものが見える人に原理なんか聞くほうが野暮ってもんだが、なんとも都合の良い話だ。

ξ゚⊿゚)ξ「物理攻撃以外。炎や電気ってこと?」

野焼き用のバーナーを手に取りながらツンが問う。
彼女が戦闘で使う武器の殆どはこのホームセンターで調達しているらしい。

"敵"は死亡するとすぐさま崩壊して跡形もなく消え去るが、そのときトドメに使った武器も一緒に巻き込まれるようだ。
逆に言えば第三者にも敵が死んだと認識できる指標になるわけだが、毎回新しい武器を用意するのも骨が折れるだろう。
主に金銭的な面で。ツンの家は結構裕福で、彼女もそれなりのお小遣いをもらってるらしいが、それでも武器代で結構消えるそうだ。
ボウガンの件でしこたま怒られた際も、お小遣いだけは没収しないでと泣きながら懇願したものだと何故か誇らしげに言われた。

( ^ω^)「そういう派手なのはもちろんだけど、毒とか水没による窒息もありだおね。
     急所とか出血とか、生き物と同じ性質を持っているなら僕らにとって危険なものは連中にも危険なはずだお」

それらが有効だとすれば、とりうる戦略は大きく変わる。
投げてぶつけて効果があるなら、わざわざダメージ覚悟で近づく必要もないのだ。
合法に所持できる飛び道具は、なにも直接攻撃系に限らないってことだ。

ξ゚⊿゚)ξ「でも毒とかで殺しきれるのかな。ああいうのって身体が大きいと効きにくかったりするんでしょ?
      やっぱり脳天ぶちぬいたほうが確実なんじゃないかしら」

( ^ω^)「殺せなくてもいいんだお。一時的にでも動きを封じられれば、今よりかは安全に攻撃できるお」

ξ゚⊿゚)ξ「そっか、最終的に脳天ぶち抜けばいいんだもんね!」

(; ^ω^)「あんまでけー声で物騒なこと言うもんじゃないお……」

なんなのこの絶対脳天ぶち抜くウーマン。戦闘民族なの。
ここがホームセンターの中で周りに人がいるってことを考慮しての発言求ム。

( ^ω^)「あとは……ブービートラップなんて効果的かもだお。毒と合わせればなお良し」

オーソドックスな落とし穴、は掘るのに時間がかかりすぎて普通に通報されかねない。
もっと簡易な、設置も回収も短時間で済む罠はいくつか心あたりがある。
ソースは妄想にリアリティを出す為にいろいろネットで調べまくった中学生の僕。

28 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:14:32 ID:0w0/X/Ow0
( ^ω^)「そういえば、"敵"の知能ってどんなもんなんだお?見え見えの罠にかかってくれるレベル?」

ξ゚⊿゚)ξ「イマイチ分からないわ。あいつら喋んないし」

(; ^ω^)「……質問を変えるお。連中の基本的な行動パターンは?」

ξ゚⊿゚)ξ「んー、出現したら手当たり次第あたりを破壊して、攻撃されたら反撃してくるって感じ」

( ^ω^)「ほー。でも昨日戦った巨人タイプはまっすぐ僕らを狙ってきたおね?」

ξ゚⊿゚)ξ「アレは噴水を狙ったのよ。私たちはその巻き添え」

( ^ω^)「そんなとこで立ち話なんかしてんじゃねーよお前マジで」

何考えてんだこの女。思いっきり自業自得じゃねーか。
絶対こいつに運転免許取らせちゃならんと僕は密かに決意する。

( ^ω^)「んなら予めトラップ仕掛けた場所に誘導するようなテクも必要だお。
     こっちの攻撃に機械的に反撃するだけなら簡単なんだけど……」

脳天ぶっ刺されてのたうち回るような"生物的"な敵だ。
痛覚があるということはある程度自己判断できるだけの知能も持っていると考えたほうが良い。
ヘタに挑発の為の攻撃を重ねて、逃げ出されでもしたらそれこそ目も当てられない。

ξ゚⊿゚)ξ「奴ら、私たちを置いて逃げ出したりはしないわ」

僕がうんうん唸って考えていると、ツンが不意に神妙な声で呟いた。
朝からずっと子犬のようにハイテンションだった彼女が、急に昨日までの津村ツンに戻ったような印象を受けて、僕は面食らった。

( ^ω^)「お?どうしてそう言い切れるお」

ξ゚⊿゚)ξ「"敵"と戦い続けてきて、ずっと感じてたことなんだけどね。
      連中に知能があるかどうかはわからないけど、感情はあると思うの」

( ^ω^)「それは……」

ξ゚⊿゚)ξ「――世界に対する『憎悪』。それもとびきり強烈な」

(; ^ω^)「…………!」

その暗い熱に満ちた言葉に、僕は背筋が寒くなった。
憎悪。その言葉が内包する意味を、その独白がもたらす感情を、僕が思うよりずっと重く彼女は知っている。
日常の中では存在さえも否定されるその意志と、ツンは一年に渡ってすぐ傍で向き合ってきたのだ。

29 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:15:54 ID:0w0/X/Ow0
ξ゚ー゚)ξ「……ふふっ、大丈夫よ内藤、怖がらないで。あなたには、絶対に向けさせたりはしないから」

僕が青ざめたのを見て、ツンは子供をあやす母親のように微笑んだ。
それは僕が見た彼女の表情の中で、一番清廉で、一番魅力的で……一番哀しい顔だった。
微笑みはほんの一瞬だけで、それからすぐにツンは元の子犬のような笑顔に戻った。

ξ゚⊿゚)ξ「ね、ね、内藤。これなんてどうかな……?」

ツンが売り場から引っ張り出してきたのは、大規模な草刈りに使う大鎌だ。
幅広の刃がついていて、ツンはそれを抱きしめるように持ってくるりと回った。

ξ゚⊿゚)ξ「かっこよくない?」

(; ^ω^)「かっこいいお。でもそういうのお洋服とか持ってやってほしかったお……」

ついでに言うとそれは間違いなくアウトだ。
でかすぎてこんなもん持ち歩いてたら一発職質待ったなし。
刃が湾曲しているので、ツンの細腕で確実に脳天に刃先をぶっ刺すのは技術が必要過ぎる。

ξ゚⊿゚)ξ「じゃ、こういうのはどお?」

次いで彼女が持ちだしたのはガソリン式エンジンで動く小型のチェーンソーだ。
こいつはさぞ攻撃力は抜群だろうが、やはりツンの腕前で扱うには危険すぎる。
つーかやっぱりでかいよ、職質不可避だよ。

ξ゚⊿゚)ξ「こんなのもあったわ!小型だし、遠距離攻撃よ!」

(; ^ω^)「うわぁーゾンビ映画とかで見たことあるやつぅー」

ツンが銃でも構えるように握っているのはネイルガン、いわゆる釘打ち機だ。
創作物では安全装置を解除すると釘が高速で発射される、銃を入手するまでのつなぎによく使われるアレだが、
この店にあるのは全部外付けのコンプレッサに繋いで圧縮空気を供給しないと動作しないタイプだ。
糞でかい上に電源が必要なコンプレッサごと持ち歩くアホがいたとしても、釘は弾丸みたいに真っ直ぐ飛んだりしない。
空気抵抗ですぐに横倒しになって、鋭利な先端が先頭を向くこともまずありえない。
そういうのわかっちゃうのは、僕がかつて通った道でもあるからだ。

(; ^ω^)「ツン、男子中学生みてーなことやってねーで真面目に選ぶお。
      ホームセンターの商品で戦うようですの会場はここじゃねーお」

多分おそらく間違いなく誰かが既にやってるだろうし。やってるよね?
それからしばらく僕らはぎゃあぎゃあこそこそやり取りしながら、必要な道具を選び終えた。

30 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:16:52 ID:0w0/X/Ow0
(; ^ω^)「まあとりあえず今できる準備としてはこんなところだお。あと防具とか色々買いたいけどお金がないお」

ξ゚⊿゚)ξ「防具なんて必要ないわ!殺られる前にぶっ殺せば良いだけなんだものッ!」

( ^ω^)「だから声がでけーっつってんだろ。鳥さんみてーな脳味噌してんなお前」

ξ;゚⊿゚)ξ「ひどい!」

( ^ω^)「ひどくない」

応援すると言った以上、必要な武器機材にかかる費用は僕とツンで折半になった。
ツンは自分が払うと言って譲らなかったが、ウンコカスにだって平均高校生的なお小遣いはあるのだ。
僕が彼女から商品を引ったくるようにして持つと、ツンはなぜか嬉しそうにはにかんだ。

ξ*゚⊿゚)ξ「なんかちょっと、楽しいな……」

(; ^ω^)「はいぃ?」

ξ*゚⊿゚)ξ「こうやって、色んなものを何が良いか相談しながら考えるのって、楽しいね。
      変な気持ち。私ね、奴らと戦い始めてから、初めてワクワクしてる」

( ^ω^)「……気持ちはわかるお。すげえわかる」

遊びじゃないんだけど、不謹慎かもだけど、ホームセンターに来るといくつになっても心躍る。
街がゾンビで溢れかえったらこんな武器でこう戦って、ここに立て籠もって……そんな妄想は僕だって今もしてる。
僕らはいま、それを現実的な課題として考える必要があって、やっぱりそれは楽しいのだ。

( ^ω^)「ホームセンターは男の子の夢の国だからおね。ツンもそう思ってたのは意外だけど」

ξ゚⊿゚)ξ「ふふっ、違うわ」

ツンは花咲いた水仙のような笑顔で言った。

ξ*゚⊿゚)ξ「内藤と考えるのが楽しいのよ」

そしてお会計。なにか嫌な予感がして、僕はツンを売り場に待たせてレジへ向かった。
ちょっと早い文化祭に向けて買うんですよーはははみたいな空気を醸しながらごちゃごちゃと工具や材木を置く。
レジでピッしてもらうのを待つ間、僕は不審に思われない範囲で周囲に目配せする。

(; ^ω^)「…………」

サービスカウンターのあたりで、警備員が何人か集まって店長らしい人と何やら難しい顔で相談していた。
彼らの視線は売り場の方を向いている。正確には、ツンのいる売り場を見て、カウンターにある受話器をとった。

そして僕の位置からでも手の動きでわかる。店長は、電話のボタンを三回押した。

31 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:17:50 ID:0w0/X/Ow0
僕は厚手のレジ袋に買ったものを入れて貰うと、早歩きで売り場に戻ってツンの手を掴んだ。
ツンは背筋を伸ばして頬を染めた。

ξ*゚⊿゚)ξ「な、なに急に……」

(; ^ω^)「買うもの買ったしさっさと出るお。夕暮れまでに仕込みをしなきゃならないんだから」

ξ゚⊿゚)ξ「う?うん」

僕らはサービスカウンターとは反対側の出口から足早に退店する。
早歩きでずんずん進む僕に面食らいながらも、手をとられたツンは素直に歩調を合わせた。

( ^ω^)「あのホームセンターはもう使わんほうがいいお」

ξ;゚⊿゚)ξ「ええ?なんでよ!行きつけよ!?」

( ^ω^)「ポリスを呼ばれてたお」

ξ゚⊿゚)ξ「…………!!」

ぎゅっ、と繋いだ手が強張った。
ツンはその一言だけで全てを理解したようだった。
それからゆっくりと手から力が抜けていく。

ξ゚⊿゚)ξ「そっか……そうだよね。うん、わかった。もうあそこには近づかない」

するりと手の先からツンの掌の感触が滑り落ちていく。
僕は振り向かない。彼女の顔を見ることができない。

( ^ω^)「…………」

彼女の柔らかな五指が完全に脱落する前に、僕はもう一度ツンの手を強く握り直した。

ξ゚⊿゚)ξ「っ!」

( ^ω^)「さあ、新戦術に新兵器のお披露目会だお。透明野郎をメッタクソにしてやるんだお。無傷で!」

僕は振り向かない。
だけど、今この瞬間津村ツンがどういう顔をしているのかわかるくらいには、もう彼女とは"仲間"なのだ。

ξ*゚⊿゚)ξ「…………うんっ!」

傾き始めた日差しの下、僕の掌の中で、温かいツンの手もまた強く握り返した。

32 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:18:36 ID:0w0/X/Ow0
 * * *


仕込みは夕暮れ前に終わった。
技術的に不慣れなところもあって、計画していたトラップの設置は半分もできなかった。
それで十分だと判断した。この河川敷には僕達謹製の様々な仕込みが今か今かと敵の往来を待ち構えている。

ξ゚⊿゚)ξ「来たわ、犬タイプよ。他のに比べて小型だし攻撃力も低いけど、動きが素早くて厄介だわ」

(; ^ω^)「一番トラップに引っかかりにくいタイプじゃねーかお?」

オイオイオイ、いきなり作戦失敗のフラグが立っちまったよ?

ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫、私と内藤が考えた作戦だもの。きっと上手くいく……!」

( ^ω^)「おいやめろフラグ上乗せすんな」

ともあれ、僕らの方針は変わらない。
立てた作戦に忠実に、不確定要素があるなら努力と根性でカタに嵌める。
愚直と言いたきゃ言えば良い。今の僕達には、この戦い方しかできない。

ξ゚⊿゚)ξ「行くわ、見ててね内藤!」

( ^ω^)「見てるお、安全地帯で!」

僕はさっと踵を返して土手を駆け上がる。
敵を知覚できないウンコカスに活躍の場はないという合理的判断だ。
ツンは横目で僕の退避を確認すると、ホムセンで買ったポーチに手を突っ込んだ。
取り出したのは大振りの釘を4本捻じり合わせて僕が自作した十字手裏剣だ。

ξ゚⊿゚)ξ「ていっ!ていていっ!!」

二投、三投とツンの手から離れた手裏剣は回転しながら橋の根本に食らいついていた犬タイプに迫る。
十字手裏剣は、どんな投げ方をしても4箇所どれかの切っ先が相手に刺さるという初心者にも優しい手裏剣。
戦闘素人のツンでも扱える合法飛び道具はないかと二人で考えて編み出した武器だ。
三つの手裏剣は風を切りながら飛翔し、うち一つは失速して地面に落ちて一つは橋のたもとに当たって弾ける。

(; ^ω^)「ああっ、下手くそぉ!」

トラップ設営の合間にツンには投擲練習をさせていたが、相変わらずのノーコンピッチだ。
しかし、最後の一つは空中に突き刺さって固定された。

33 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:19:33 ID:0w0/X/Ow0
ξ*゚⊿゚)ξ「当たった!1個当たったわ内藤!見た!?やったあ!」

(; ^ω^)「あああ敵見ろお敵!虚空にハイタッチしようとすんな!」

的中に気をよくしたのか、ツンは更に手裏剣を投げまくる。
それらの殆どは地面や柱を穿つが、また一発不可視の空間へと埋まる。

ξ゚⊿゚)ξ「ひゃあ!右眼にぶっ刺さったわ!私が言うのもなんだけど痛そう!」

(; ^ω^)「ホントにお前が言うのもなんだよ!」

ぐるる……と獣のうめき声のようなものが聞こえた。
空中に浮かぶ手裏剣がゆっくりと移動する。二発目の切っ先がツンの方を向く。
それはつまり、犬タイプがツンを敵として捉えるムーブだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「こっち見た!こっち来た!」

(; ^ω^)「知ってるお!早く移動すんだお!」

手裏剣がツンに向かって上下に揺れながら飛翔する。刺さった犬タイプが疾走する。
ツンは黄色い悲鳴を挙げながら右方向へとステップを踏む。
手裏剣with犬タイプもそちらへ向けて舵を切る。茂る雑草がひとりでに潰れていく。
露呈を恐れて特に目印はつけていないが、もうすぐ奴が踏む地面には――

ξ゚⊿゚)ξ「かかった!」

ズシャア!と砂利の擦れ合う音と共に、犬タイプがずっこけて地面を滑った。
その足元には即席ブービー、草結びが仕掛けてある。
そこら辺の草を植わったまま固結びするというお手軽さながら、足を取られれば確実にもんどり打って転倒だ。

対象の疾走する速度、体重がそのまま威力となって骨折不可避の凶悪トラップ!
大型の敵なら効果は抜群ってところだが、犬タイプじゃ精々転けさせるぐらいにしかならない。
だが、それで十分。何故なら転倒先の地面には、釘を曲げて作ったスパイクを撒き散らしてあるからだ。
全身にスパイクを生やしながら、犬タイプは痛みによってのたうち回る。
そして、もちろんそれで終わりじゃない。

ξ゚⊿゚)ξ「もらったぁ!!」

ツンが、園芸用のスコップナイフを掲げて跳躍する。
スコップであるため刃はついてないが、その先端は固い地面を掘り起こす為に鋭利な切っ先がついている。
こいつで動けない犬タイプの脳天を串刺しにしてやればミッションコンプリートだ。

34 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:20:36 ID:0w0/X/Ow0
と、完璧な作戦に惚れ惚れするほどの僕は、ある懸念事項を完全に考慮に入れていなかった。
ツンのスコップナイフが地面に突き刺さる――しかし、得物の粉砕が起きない。
そう、僕の見逃した懸念事項、それは。

ξ;゚⊿゚)ξ「外したぁ!?」

――ツンの武器の扱いがクソ下手という厳然たる事実である。

(# ^ω^)「はあああああ!?お前なんでこんな至近距離で外すんだお下手糞!このウンコカス!」

ξ*゚⊿゚)ξ「え、いいの?えへぇ、これで一緒だね……」

(; ^ω^)「喜んでんじゃねえええええええええ!!!!!」

どこの世界にウンコカス呼ばわりされて嬉しがる女子高生がいるんだよ!!
いやいたわ!ここにいたわ!!ウンコカスコンビに入りたがってた狂人がいたわ!!!

(; ^ω^)「いいから追撃!もうトドメさすだけだお!」

ξ゚⊿゚)ξ「任せて!!」

ズガッ、ズシャッ、とツンが刺突の雨を降らすが、スパイクを振り落とした犬タイプは機敏な動きで回避する。
そのまま後方へと跳躍し、ツンとの距離を一定に保ちながら彼女を中心に円を描くように動き始める。
それはすなわち、ダメージの蓄積はあれど戦闘がほぼ振り出しに戻ったことを意味していた。

(; ^ω^)「完璧な作戦があああ!!」

ξ;゚⊿゚)ξ「ご、ごめんなさい内藤。全然当たらないの攻撃が」

(; ^ω^)「なんで当たんねーのか敵の存在より不可思議現象だお!?」

いやしかし、ツンの技量を完全に度外視していた僕の作戦ミスであることは否めない。
でもここまでマジでド下手糞であることまでは考慮しとらんよ流石に……。
さしもの新人ウンコカス津村嬢も、申し訳無さそうにちらちら僕を見る。

( ^ω^)「しゃあなしだお、地道にもっかい同じ手で追い込むしかねーお!」

ξ;゚⊿゚)ξ「任せて!次こそ殺ってみせるわ!!」

お前の任せてはホントにあてになんねーよ。
さて振り出しとは言え、こちらにはアドバンテージがある。
それは犬タイプが右眼を負傷している点。
生き物と同じように両眼でものを見てるなら、遠近感がつかめなくなってるはずだ。

35 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:21:27 ID:0w0/X/Ow0
( ^ω^)「距離をとりつつ左後方に下がるお、そっちの草も結んでるお」

ξ゚⊿゚)ξ「了解!」

ツンはじりじりと後方に下がる。
犬タイプは一度大きく身体を沈み込ませて唸ると、再び弾丸のように走り出した。

(; ^ω^)「!?」

だが今度の犬タイプは真っ直ぐに突進してこなかった。
まるで稲妻のように、左右にジグザグ舵を切りながら跳躍している。
草結びは直進方向の出足を引っ掛けるトラップだ。これでは十全に効果を発揮しない。

(; ^ω^)「こいつまさか……」

僕はまるでツンにのみアドバンテージがあるように錯覚していたが、実際はそうじゃない。
犬タイプにとっての優位点は、既に一度罠にかかってその特性を認識していること!
つまり"見えざる敵"は――

(; ^ω^)「――学習してるお!?」

もちろん、見えざる敵にある程度の知能があることは折り込み済みだった。
しかしそれは、痛覚を持つことから類推した、野生動物程度の知能だという予測だ。
野生動物は罠を理解し避ける知能を持つが、それは本来複数回反復してようやく身につく知恵である。

たった一回の体験で、判別し辛い草結びを理解し対抗策まで編み出す驚異的な学習の素早さ!
犬タイプが特別賢いのか、それとも見えざる敵はみんながこんな頭良いのか。
敵は草の中を高速で反復横跳びしながら、じりじりと着実にツンを害さんと近づいてきている。

ξ;゚⊿゚)ξ「どうしたらいいの、内藤!?」

(; ^ω^)「あわわわ、トラップはもう品切れだお……!」

夕暮れまでの短時間で実戦レベルに用意できたのは草結びとスパイクだけだ。
本来はこの二つだけで十分倒せるはずだったんだけど……ツンの下手糞め。
しかし今更責任転嫁したってどうしようもない。
いま、彼女を動かす司令塔は他ならぬこの僕なのだ。

(; ^ω^)「ツン!こっちまで走ってくるお!」

ξ;゚⊿゚)ξ「で、でも!」

ツンは躊躇していた。理由はもちろん僕にある。
僕のところまで駆け上がってくれば犬タイプからは距離をとれるが、今度は僕に被害が及ぶ可能性がある。
そして僕のいる土手はコンクリが張り出していて、当然だが草結びのトラップもない。
つまり犬タイプを阻むものは何もないということだ。

36 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:22:42 ID:0w0/X/Ow0
(; ^ω^)「いいからこっち来いお!死ぬときは一緒だお!」

ξ*゚⊿゚)ξ「わかった!!!!」

わかっちゃったよ。今までで一番良い笑顔だったよ。
ツンはこれまで見たこともないようなスピードで疾走し、土手を蹴立てて駆け上がってくる。

ξ*゚⊿゚)ξ「ないとおおおおおおおお!!!」

(; ^ω^)「津村ーうしろうしろ!」

その背後から、犬タイプ(と思しき空中手裏剣)が猛然と追走をかけてきていた。
コンクリの土手が僅かに削れるほどの加速は、紛れも無く奴のトップスピード。
容易に方向転換は効かないはずだ。

( ^ω^)「今だおツン、顔面にぶっ刺してやれお!」

ξ゚⊿゚)ξ「あっ、はい……」

僕の作戦を理解したツンは今まで見たことないような真顔で急ブレーキ。
逆手で持ったスコップナイフにブレーキの反動を乗せてフルスイング。
ガシュ、という斬撃音。共にナイフが手応えのように大きくブレるが、粉砕はしない。
当たりはしたけども、この正念場でこの女、またしても急所を外しやがったのだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「あっ――」

( ^ω^)「だけど――!」

学習能力は何も奴らの専売特許ではない。
ツンの攻撃の当たらなさについて、僕はもう学習していて、だから動じなかった。
そしてこいつは後出しになるけど、積み重なる失敗フラグに危機感を抱いた僕は戦闘前に密かに成功フラグを立てていた。
作戦の成功フラグ、それは!

( ^ω^)「試作品の存在だぁぁぁぁぁぁ!!!」

僕は握っていたものをマタドールのように前方、ツンの斬撃によって跳躍の軌道が変わった犬タイプへと翻す。
バサリと乾いた音を立てて、勢いを失った犬タイプが土手を転がった。
その不可視の獣体には、頑丈な麻糸で編まれた目の粗い網がまとわり付いている。
網の外周には石が括りつけてあって、犬タイプがもがけばもがくほどに複雑に絡み合って抜け出すことを困難にしていた。

(; ^ω^)「ぶひぃー、うまくいったお。マジで死ぬかと思った……。
      あ、これゴールネットとかに使う網だお。投網に改造したは良いけど今回魚タイプじゃないから放置してたやつ」

ξ;゚⊿゚)ξ「………………」

ツンは刀身の歪んだスコップナイフをスイングした状態のまま、唖然として僕を見ていた。

( ^ω^)「はよ殺れお」

ξ;゚⊿゚)ξ「ま、任せて!!」

37 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:23:34 ID:0w0/X/Ow0
ツンは無意味に跳躍して、着地と同時に膨らんだ網の中央へとスコップを突き立てた。
ガラスの砕けるような澄んだ音と共にスコップナイフが砕け散る。
今度こそ僕達は、犬タイプに……見えざる敵に勝利したのだ。

そして、これは間違いなく僕の見る限りでは初めてだ。
――津村ツンも、内藤ホライゾンも、無傷でここに立っていた。

ξ;゚⊿゚)ξ「すごい……」

ツンは何度も信じられないといった感じで両手の指をグーパーさせ、自分の腕や腿をなぞる。

( ^ω^)「ツン、お疲れ様。いや言いたいことは色々あるけど、今はお互い無事を喜び合う時だお……お?」

僕が声をかけると、ツンがゆっくりと顔をこちらに向ける。
彼女の両の眼には、今にも溢れ出さんばかりの涙が湛えられていた。

ξ*゚⊿゚)ξ「すごい!!!」

感極まった表情でツンがこちらへ跳ぶ。
僕の胸へと、両腕を広げながら飛び込んできた。

(; ^ω^)「お、お、お、お!?」

ξ*゚⊿゚)ξ「内藤すごい!天才!ホントに無傷で勝っちゃった!犬タイプに!
      私いつも指の二三本食い千切られながらギリギリで倒せてたのに!!」

(; ^ω^)「えええええマジかお!?指食い千切られてたのかお!」

攻撃力低いとか言ってなかったけ!?僕そんなヤバイ奴に至近距離まで近づかれてたの!?
ていうか指再生すんのかよ!凄いな女子高生の唾液!!

ξ*゚⊿゚)ξ「智将!名君!やっぱりあなたこそが真のウンコカスよ!!!」

( ^ω^)「あ?喧嘩売ってんのかお前」

ξ;゚⊿゚)ξ「なんで!?」

こいつマジでウンコカスが最高の褒め言葉だと思ってんじゃねーだろうな。
ツンはひとしきり抱きついたまま撥ねたりしてはしゃぎ回ると、僕の胸におでこをくっつけて肩を震わせる。
ずっと涙目だった彼女の双眸が、ついに決壊する。

38 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:24:21 ID:0w0/X/Ow0
ξ;⊿;)ξ「勝てた……二人で勝てたよぉ……もう私一人じゃないんだよね……」

僕は彼女の背中を擦りながら、彼女が噛みしめるように言った言葉を反復する。

( ^ω^)「うん。うん。ツンと僕で二人だお。これから二人で勝ってくんだお」

ξ;⊿;)ξ「嬉しいよぉ……嬉しい……」

ずっと一人で戦ってきた少女が、初めて手にした二人での勝利。
それは指を食い千切られずに済んだことより、多分ずっと価値のあるものなのだろう。
失敗続きだったけど、うまくいかないこともあったけど、それでも彼女は勝ったのだ。
津村ツンがこれまで不当に奪われてきたものの一つを、確かに今日、取り戻した。

そして、これからも。
彼女が絶望の中で失ってきたものを、一つ一つ取り戻していきたい。
今のところたった一人の、僕は津村ツンの理解者なのだから。

( ^ω^)「ツン……」

僕は胸に張り付いたままのツンを引き剥がして、彼女と目を合わせる。

ξ*゚⊿゚)ξ「な、ないとぅ……」

ツンは涙でぐしゃぐしゃになった顔を強引に拭って、真っ赤なまま僕を見た。

この場だからこそ、彼女に言わなきゃならないことを、僕が言いたいことを、言おうと思う。

( ^ω^)「お前あとで反省会な」

ξ;゚⊿゚)ξ「あぅ……はい」


僕達は夕闇の中二人で帰って、そのあと滅茶苦茶反省会した。

39 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:25:11 ID:0w0/X/Ow0
 * * *


それからの数週間、僕らの快進撃は続いた。
準備時間の足りなかった初回と違い、実用レベルの罠を山程仕掛けて敵を迎え撃てば、倒すのは困難ではなかった。
最初はド下手糞だったツンの白兵戦闘も、経験値を積むことでまあ見れるレベルにはなってきたって感じだ。

例えばある時の敵は恐竜タイプだった。

ξ゚⊿゚)ξ「恐竜タイプは他のより二回りくらい大きくて、動きは遅いけど攻撃力がもの凄いわ。
     あと首長で頭が高くて普通じゃ全然届かない。心臓も皮膚が分厚すぎてだめ」

(; ^ω^)「今まではどうやって倒してたんだお?」

ξ゚⊿゚)ξ「あのね、上半身をパクってされたときにグサってやってた」

(; ^ω^)「パクって……?」

可愛い擬音で誤魔化すのやめてほしい。でもリアルな描写にすんのも金玉縮むから勘弁な!
マジでよく今まで生きてたなコイツ。
敵は大きさによって出現する位置を選ぶらしく、恐竜タイプが現れたのは学校のグラウンドだった。
ここは僕らの文字通りホームグラウンド、構造物を利用する戦略は立て放題だ。

( ^ω^)「二階の空き教室からこいつを投げまくるお。頭狙うんだお。僕は三階に行ってる」

ξ゚⊿゚)ξ「行っちゃうの……?」

(; ^ω^)「見てるから、ちゃんと上から見てるから!」

僕がたくさん手作りしてツンに持たせたのは、ストッキングに石を入れて作った簡易投石器だ。
振り回して投げつければかなりの打撃効果が期待でき、動作が単純なので命中率も高い。
恐竜タイプの頭があるのは二階の高さ、そこの窓を全開にしてツンは投石器を投げまくる。

ξ゚⊿゚)ξ「当たった!でも貫通しないからいくら投げても死なないわ!」

( ^ω^)「死なないけど……効いてるはずだお!」

ξ゚⊿゚)ξ「?……恐竜タイプの奴なんかふらついてるわ!」

( ^ω^)「脳震盪だお。連中頭ちっちぇー首ほっせーから石でも脳味噌揺らせるんだお」

頭のでかい奴だと正確に顎とか出っ張りを打たないとダメだが、首長竜のミニマム脳なら話は別。
ストッキングに拳大の石を入れれば、十分頭全体を揺さぶる質量は確保できる。
ツンの糞エイムでも頭のどっかにあたりさえすれば効果があるって寸法だ。

40 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:25:56 ID:0w0/X/Ow0
そして僕は三階の窓を開け放ち、そこから身を乗り出した。
脳震盪により、一時的な見当識障害。特に上からの攻撃に対し奴は今無防備だ。
僕は持ってきたボトルの封を切って中身を恐竜タイプの頭上目掛けてぶちまける。
降り注ぐ液体の名前はホワイトガソリン、キャンプ用携帯コンロの燃料だ。

( ^ω^)「くらえ炎属性魔法、ダークネスヘルフレイム!!」

畳み掛けるようにして投げるのは、ヴィレバンで買ったサイフォン用のアルコールランプ。
着火済みのそれは炎の尾を引きながら放物線を描き、不可視の空間に引っ被った液体へと着弾。
気化し始めていたホワイトガソリンに引火する。

ξ;゚⊿゚)ξ「うひゃあ!燃えたわ!きれい!ダークネスヘルフレイムかっこいい!!」

(; ^ω^)「ボサっと見てねーで窓から離れるお!突っ込んでくるお!!」

ドジョウの地獄鍋という料理がある。
生きたドジョウと豆腐を入れて水から煮立たせると、熱に喘ぐドジョウが冷たい豆腐の中に逃げ込み、
そのままドジョウ入りの湯豆腐として煮え上がるというなんともサディスティックな料理だ。
こいつを元ネタにした落語があるぐらい有名な調理法だけど、実際は豆腐に潜る前にドジョウは煮えて死ぬらしい。

とまあ、この逸話から得るべき実用的な要素は、炎に巻かれた野生動物の逃げ場は水か土の中にしかないという合理性だ。
こいつはマジな話で、実際山火事の跡に掘った穴の中で蒸し焼きになってる爬虫類が散見されるという。
そしていま、近場に水のないグラウンドで、頭を炎に包まれた恐竜タイプが選択できる逃げ場は一つ。
――二階の教室の窓という"穴"である。

ツンのいる教室へ、恐竜タイプが叫びのような唸り声を上げながら突っ込む。
窓が割れ、サッシが拉げ、僕のいる三階からでも階下の破壊の音がよくわかる。
そしてここまでは作戦通り。――ここからも、作戦通りだった。

ξ゚⊿゚)ξ「ダークネスヘルアックス!!!」

二階で待ち構えるツンには、まさに目の前へずいと恐竜の頭をお出しされた形になる。
その炎上し続ける脳天へ、廊下の防災ロッカーからパチった消防用の斧が叩きこまれた。
僕が急いで引き返し二階の空き教室へ辿り着いた時には、砕け散る斧を放り出したツンが振り返り、

ξ*゚⊿゚)ξ「ぶい」

満面の笑顔でピースを向けているところだった。

(; ^ω^)「よくやったお!今回は反省会なしでもいいおね、さあとっととずらかるお」

ξ゚⊿゚)ξ「あははははは!内藤なにその顔!!」

41 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:26:38 ID:0w0/X/Ow0

ツンが僕の顔を見て爆笑する。まあそうな、僕いまストッキング被った銀行強盗スタイルだもんな。
夕暮れ時とは言えグラウンドの中央では普通に運動部が練習をしている時間だ。
流石に火はつけるわ窓ぶっ壊すわの非行しまくってる今回は顔を見られるわけにはいかない。
室内にいたツンとは違って僕は確実に放火する為に窓から身を乗り出していたのだ。

(; ^ω^)「るっせーおドリル髪女。なんならお前もこれ被るか?」

ξ*゚⊿゚)ξ「え……?だってそれ、内藤と間接……」

( ^ω^)「やめて言葉のライジングショットまじやめて。反射神経だけで喋んないで」

こいつホント行間とか皮肉とか通じねーな。
会話のラリーする気ゼロかよ。ガチでポイントとりに来てんじゃねーよ。

( ^ω^)「いいから撤収。こっちに脱出経路を用意してあるお」

ここは少子化の影響で空き教室が多く、往来する生徒も数少ない。
普通に戻ったら確実に僕らが疑われるし、狂人のレッテルがあるだけに弁明も困難だ。
てゆーか普通にクロだしな。情況証拠だけで有罪確定するレベル。
僕らは廊下の窓からロープを垂らして校舎の裏手に出て、そのままフェンスを超えて校外へ脱出した。


見えない敵との戦いの辛いところね、これ。

42 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:27:48 ID:0w0/X/Ow0
 * * *


またあるとき、今回の敵は魚タイプだった。

ξ゚⊿゚)ξ「魚タイプは他に比べて力も弱いし動きも鈍いわ。でも水中では超つよい」

( ^ω^)「なるほど、陸地におびき寄せる戦術が要るおね。ちなみに今まではどうやって倒してたお?」

ξ゚⊿゚)ξ「パクってされたとこをグサっ」

(; ^ω^)「ツンはもっと自分を大事にしたほうがいいお……」

魚タイプの出現場所は水場が多く、以前噴水に湧いたのはむしろイレギュラーらしい。
ほぼ陸地みたいなもので、楽勝だったらしいが、そのわりには苦戦してたような。
ともあれ、今回の出現予測場所はまさに奴のホームグラウンド、この街を縦に貫く一級河川である。

( ^ω^)「この前作った投網の出番だおね。クソでかい魚を捕獲するイメージで作戦組むお」

ξ゚⊿゚)ξ「ねえねえ!私あれやりたい!川に電極突っ込んでビリってやるやつ!」

( ^ω^)「嬉しそうに違法漁法提案してんじゃねーよ生態系めちゃくちゃになんぞ」

前から思ってたけどこいつ知識が偏りすぎだろ。
敵との戦いの為にいろいろ自分でも勉強してるらしいけど、未だそれが活かされたことはない。

ξ゚⊿゚)ξ「でも普通の方法じゃ魚タイプは捉えらんないわよ。あ!そーだこういう時こそ毒攻撃よ!川に農薬ながそ!!」

(; ^ω^)「お前はいっぺん逮捕されろおマジで」

それやったらお巡りさんに怒られるどころの話じゃねーぞ。
まあ農薬でなくても川に麻痺性の弱い毒を流して生態系をなるべく傷つけずに魚を捕る合法の漁法はあるっちゃある。
山椒かなんかを袋に入れて川に入れるんだったかな。もちろん許可は必要だけど。

ただ、普通の魚がしびれる程度の毒ででっかい魚タイプに影響が出るとは考えづらい。
下手すると魚タイプは平気なのに他の川に棲む生き物が全滅なんてことにもなりかねない。
街の守護者のはずがとんだ環境破壊だ。

( ^ω^)「水中の魚タイプは不確定要素が多すぎるお。罠はできるだけ沈めとくけどケースバイケースでいくお」

ξ゚⊿゚)ξ「任せて!」

(; ^ω^)「大丈夫かなあ……?」

魚タイプは魚だけあって鱗があるが、総合的に見れば装甲は薄いらしい。
そこで今回は竿にアイスピックを取り付けたお手製の銛を用意してみた。

43 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:28:45 ID:0w0/X/Ow0
( ^ω^)「柄尻にぶっといゴムがついてるお?こいつを伸ばしながら同じ手で銛の刃の根本を持つ。
     これで狙いをつけて手を離せばゴムの収縮でビシュっと銛が突き出されるって寸法だお。
     いわゆる水中銛の仕組みおね、自分で突き出さなくていいから狙いも正確だお」

ξ゚⊿゚)ξ「はぇぇ、むかしのひとってあたまいいのね」

(; ^ω^)「自分の方向けながらゴム引くんじゃねえお子供かお前」

好奇心がガチで身を滅ぼす過ぎる……。
そうこうしているうちに日が暮れる。逢魔が時、見えない敵の出現時刻。
出来る限り水中向けの罠は設置したけど、どれほど効果があるやら。

ξ゚⊿゚)ξ「来たわ。行くわ」

( ^ω^)「ご武運を」

ツンはローファーと靴下を脱いでサンダルに履き替え、ざばざばと水をかき分けながら川に入っていく。
ホントは漁師さんの使うゴム製の丈長ズボンとか用意してやりたかったが、アレクッソ高い。
そしていつものことだが、機動性が損なわれるという理由でツンは防具を付けたがらなかった。
怪我すぐ治るからってノーガードが癖になっちゃってるのはマジでどうにかしないとなあ。
と、そんなことを考えながらツンを見ていたそのとき。

ドバァ!と水柱とも見紛うほどの水しぶきを立てて、水を纏う不可視の何かがツンに躍りかかった。
あれが魚タイプ!濡れてるからなんとなくわかるけどクソでけえ!ナイルワニぐらいあるんじゃないか!?

ξ;゚⊿゚)ξ「!!」

不意打ちだったらしくツンは泡をくって銛を盾のように構える。
そこへ重量感のある見えない力が食らいついた。
ツンは上体を逸らしながらも、魚タイプを押し返す為に銛の握り方を変える。

(; ^ω^)「あっバカ、銛から手を離したら!」

ゴムの収縮力によって銛がビシュっと撃ちだされた。
……本当に何もない虚空へ。放物線を描きながら飛んだ銛はツンから遠く離れた場所へ着水。

ξ;゚⊿゚)ξ「武器がなくなっちゃったわ!!」

(; ^ω^)「あああバカは僕だった!」

いつもと勝手の違う武器を、つい同じ使い方で運用してしまう。
その程度のミスは十分に有り得ることだと、なんで気付けないんだ僕は!
ここのところ連戦連勝で慢心があったとしか言いようがない。
しかしツンはここで思わぬ判断力を発揮、即座にサブウエポンの出刃包丁を抜き放ち魚タイプを刺突した。

44 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:29:23 ID:0w0/X/Ow0
ξ゚⊿゚)ξ「このおおおおおッ!!」

二回、手応えと共に包丁が空間に突き立った。
急所ではなかったようだが、それでも魚タイプはツンから離れて近くの水に落ちる。
魚のくせに痛覚はあるのだ。

(; ^ω^)「銛、拾いにいけるかお!?」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと無理!間に魚タイプがいる!」

ツンは肩を上下させながら、片手のシェイクハンドで出刃包丁を構える。
魚を捌く為の刃物ってことで半ばシャレ気味に持たせた包丁がこんなところで活きるとは。
そして、これまで不測の事態には僕が指示するまで茫然としていたツンが、自分の判断でそれを使い窮地を脱した。

( ^ω^)「成長してるんだお、ツンも……」

僕は涙が出そうになった。
油断なく魚タイプと睨み合う彼女の背中が、こんなにも心強く頼もしく感じたことはない。

( ^ω^)「よし、ツン!それなら浅瀬の方へ追い込むお!」

ξ゚⊿゚)ξ「了解、追い込み漁ね!」

この河川は浅いところではくるぶしが水に浸かる程度だが、深い所では水深が3メートルはある。
ツンがいまいるのは膝くらいの水深だが、深瀬へ引きずり込まれれば間違いなくなぶり殺しにされる。
指の二三本は再生するツンでも、溺れて助かるかどうかは未知数で、試すのは危険すぎる。

(; ^ω^)「気をつけるお、深くなればなるほどこっちの機動性は削がれるお……」

浅瀬方向へ魚タイプを追い込むには背後へ回りこむしかなく、つまりツンは深瀬へ進むことになる。
慎重に、狙いを読まれないようにじりじりと動く――

ξ;゚⊿゚)ξ「ダメ、この辺り他より深くなってる!」

(; ^ω^)「んなバカな、罠仕掛けるときにちゃんと地形を確認して――」

そのとき、僕の背筋に稲妻のような電流が奔った。
それはある一つの予感。最悪の想像、そして事実を鑑みれば最も高い可能性。

(; ^ω^)「まさか――」

魚タイプがそこを掘っていた?
確かに見えざる敵の膂力なら、陸地でも縁石を破壊できる魚タイプなら、水中でもっと簡単に破壊活動ができるだろう。
鮭が川底を掘り起こして卵を護る巣をつくるみたいに、地形を変えて――

45 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:30:33 ID:0w0/X/Ow0
(; ^ω^)「すぐそこを離れるお、ツン!追い込まれてるのは『僕たち』だったッ!!」

ξ;゚⊿゚)ξ「!?」

ツンが弾かれるように行動を開始し、跳ぶために膝を曲げる。
しかし時すでに時間切れ、独自の"追い込み漁"を駆使する魚タイプは水柱を蹴立ててツン目掛けて突進する。
回避――間に合わない!既に腿のあたりまで水に使っている。あれじゃろくにジャンプもできないだろう。

(; ^ω^)「ツン!!」

ξ゚⊿゚)ξ「とうッ!!」

しかし僕の予想とは裏腹に、ツンは跳躍していた。
水面から飛び上がるほどに、高く高くジャンプしていた。
ほんの一瞬前まで彼女のいた空間へ水を纏った不可視の力が擦過していく。

(; ^ω^)「良かった、でもどうやって……ああ!」

そう、その辺りは罠を仕掛ける為に地形を確認していた。
罠を仕掛けてあるのだ。
あそこに沈めといたのは細い木の枝を束ねて筒状にした魚捕りの罠、そのでかい版!
ツンはそれを足場にして跳んだのだ。

(; ^ω^)「すっげーお!冴えてるお!なんか変なもん食ったのツン!」

ξ゚⊿゚)ξ「強いて言うなら、お弁当ねッ!」

(; ^ω^)「それ僕も食ってんだけど変なの入れてたの!?」

奇襲に失敗した魚タイプは再び水に潜って深瀬へと逃げる。
ツンいわく奴らは撤退することはないそうだが、再度の奇襲の為に雌伏しているのだろうか。
こちらをカタに嵌めるほどの狡知を持ち、水中を自在に泳ぐ魚タイプは、これまでにないほどの強敵だ。

( ^ω^)「銛は――良かった、流されてないお。でも取りに行ったらパクっとされるかもだお」

ξ゚⊿゚)ξ「飛び道具で牽制する?手裏剣なら持ってきてるけど」

( ^ω^)「うーん、あんま川にゴミ捨てるの良くないけど、やってくれお」

ξ゚⊿゚)ξ「了解ッ!ていていていッ!!」

投じられた釘手裏剣がバシャバシャと着水する。
初めの頃に比べて随分と投擲もうまくなったものだと成長を実感してる場合じゃない。
僕は何か通用する戦術がないか視線を走らせ模索する。
このままだと僕今回まじで裏目に出まくりの無能軍師になってしまう。

46 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:31:41 ID:0w0/X/Ow0
ツンは手裏剣を投げながらも、ゆっくりと移動を開始している。
いつでも銛に飛びつけるように位置取りしているのだ、なんという抜け目のなさだろう。
だがそれは魚タイプとて同じ、状況はいま一人と一体による銛争奪のにらみ合いへと移行していた。
ハラハラしながら見ていた僕は、そしてようやくとある作戦を思いついた。

( ^ω^)「ツン、僕ちょっと移動するお、ちゃんと見てるから心配はせんでいいお!」

僕はそう叫んで、足元にある大きな石に指をかけた。
両手でなんとか持ち上がる、思った以上に重たい石だ。

(; ^ω^)「ふぐおおおお……!」

歯を食いしばってリフトアップし、腰をいわしそうになりつつも河原から離脱する。

ξ;゚⊿゚)ξ「どこいくの、内藤!」

(;^ω^)「上!」

河原の傍には川を横断する為の大きな橋がある。
歩道が併設されており、欄干から見える夕焼けはこの街の名観として有名なほどだ。
僕はひいひい言いながら大きな石を抱えて橋の上を走った。
欄干から身を乗り出すと、ちょうど真下ではツンと魚タイプが西部劇のように睨み合うのが見える。

( ^ω^)「この辺りの地形は……把握済みなんだおッ!」

言葉を力みに変えて、僕は橋の欄干から大きな石を投げ落とした。
20kgちかくある石は、重力に引かれて加速、数瞬をもって川へと落下する。
――正確には、川からせり出した小岩へだ。

ガチィン!と橋の上まで轟くような衝撃音、次いで凄まじい水音が響く。
鼓膜をびりびり震わされながらも、僕は眼下のツンへと叫んだ。

( ^ω^)「今だお!!」

ξ゚⊿゚)ξ「――――!」

僅かな言葉のやり取りだけで、この瞬間僕達は完璧に意志を疎通した。
ツンが四足獣のように跳躍し、前方の銛へと飛びつき、これを確保。

47 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:32:35 ID:0w0/X/Ow0
だが同時に狙っていたはずの魚タイプは動かない。
すぐ傍の小岩へ叩きつけられた大きな石、その衝突が生み出した衝撃波により平衡器官を劈かれたのだ。

水中は大気中よりもずっと強く衝撃波が伝わる。周りで泳いでいた魚達が気絶して浮かび上がる。
今では禁止されている漁法の一つ、石をぶつけた衝撃で魚を麻痺させるガチンコ漁の原理だ。
魚タイプは気絶こそしなかったものの、数秒間は確実に行動不能に陥るはずだ。

そして、数秒あれば今の僕達には十分だった。

ξ#゚⊿゚)ξ「――つぉりゃああああああああああああああッ!!!」

銛を手にしたツンが、ゴムを限界まで引き絞って振り被り、投擲した。
少女の腕力にゴムの伸縮力がプラスされ弓矢の如き速度を獲得した投げ銛は、狙い過たず魚タイプのいる空間を貫く。
瞬間、銛が粉砕四散し輝く粒子となって荒波に飲まれていった。

(; ^ω^)「か、勝てた……今回はまじ危なかったお……。ツン、疲れ様だお」

へたり込んでいた僕は欄干から再び顔を出してツンにねぎらいの言葉を送る。
今回は本当にツンがよく頑張ってくれた。今後の彼女の扱いも見なおさなきゃかもしれないね。
だが真下の彼女は、眉を立て顔を真っ赤にしながら僕を睨んでいた。

ξ#゚⊿゚)ξ「ないとーっ!こらーっ!!」

(; ^ω^)「な、なんで怒ってるお!?」

ξ#゚⊿゚)ξ「自分だけ違法漁法してーっ!私にはビリとか毒とかダメってゆったくせに!ずるい!!」

(; ^ω^)「やりたかったんだ!?」

前言撤回。
今日もめちゃくちゃ反省会だ。

48 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:33:53 ID:0w0/X/Ow0
 * * *


僕とツンは着実に経験値を積み、安定して見えない敵に勝利を収められるようになっていた。
ときにはちょっとしたミスから掠り傷や打撲ぐらいはできたけど、それでも血塗れよりはずっとマシだ。
ツンはかつてと見違えるように明るくなって、笑ったり拗ねたり、表情がコロコロ変わって、僕にはそれがとても眩しい。
二人して、あるいはドクオも交えて三人で、いろんな戦術や武器を検討して実戦に活かすのは、楽しかった。

毎日が戦いの連続だけど、命の危険を感じることもあるけれど、そんな日々は刺激的で、心地が良い。
相変わらず学校では変人三人衆の扱いだったけど、僕らの戦いは僕らだけが知っていればそれでいいんだ。
嬉しそうに、楽しそうに笑うツンを見ていると他に何が必要とも感じなかった。

ずっとこんな時間が続けば良いと思ってた。きっとツンも同じ気持ちだったとおもう。
僕達の戦いはこれからも続いていくと、本心でそう願っていたんだ。

その日、僕達は何度目かの巨人タイプとの戦いに勝利しようとしていた。

ξ゚⊿゚)ξ「内藤!そっち行ったわ、退がって!」

( ^ω^)「おっおっ、こっちも罠準備OKだお、あとよろしくー」

ズシンズシンと足音だけがこちらに向かってくるのがわかる。
初めの頃こそ恐怖の対象だったけど、今の僕にはもうちっとも怖くはなかった。
それは油断や慢心というよりも、もっと根本的に、僕は見えない敵を最早狩りの獲物とさえ認識していたからだ。
決して舐めてかかっているわけではない。緊張感は忘れてないけど、過剰に萎縮することもない理想的な状態だった。

今回仕掛けておいたのは浅い穴に二枚の板を張った簡易的なトラップだ。
踏み込むとテコの原理で板によって脚が挟まれ、打ち込まれたスパイクが突き刺さるベトコン式トラバサミ。
街のはずれにある市有林に出現した巨人タイプを嵌める罠を、僕は戦闘中に構築することさえできるようになった。
事前に仕掛けておくのも忘れてないけど、やはり出現した敵を見て最適なものを即席するのが一番効率が良い。

( ^ω^)「ほいっトラップ発動っと」

林の中の小高い崖の上に退避した僕の眼前で、不可視の巨人が足元の罠を踏み抜いた。
片足が固定され、そのままバランスを崩した巨人タイプが仰向けに倒れこむ。
そこへツンが跳躍、振りかぶったバールのようなものの釘抜き部で巨人の脳天をぶち抜き破壊した。
砕け散るバールのようなものの破片がきらきらと宙を舞い、その中央で汗を拭うツンを幻想的に彩った。

ξ゚⊿゚)ξ「今日も大勝利!さあ、うちに帰って祝勝会しましょ!」

( ^ω^)「だいぶ日も長くなってきたおね。暗くなる前に帰れちゃうお」

春頃は夕暮れ時に出現していた見えない敵も、初夏になるに向けて明るいうちから現れるようになっていた。
化物のくせに時間厳守とはなかなか律儀な連中である。

49 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:34:42 ID:0w0/X/Ow0
( ^ω^)「お……?なんだお?」

足元がかすかに震えているような気がした。
気にせず踏み出した瞬間、ずるっと『地面が滑った』。
僕の立つ小高い崖が、小規模な地すべりを起こし――その上にいた僕ごと崖から脱落したのだ。
巨人タイプが倒れこんだ衝撃で辺に亀裂が入っていたのか、いずれにしろ、

ξ;゚⊿゚)ξ「危ない!」

( ^ω^)「大丈夫だお」

小高いとは言え大した高さでもない。
崖が地すべりするならば、一緒に落ちるまえに一足先に安全な場所に自分で跳べばいいだけだ。
僕は大して焦りもせずにそう考え、そしてその通りに実行した。
危険はなかった。誤算があるとすればそれは――

――僕が常軌を逸したニブチンのクソ間抜けで、自分の足のことをすっかり忘れていたことである。

着地した瞬間、右足に五寸釘でも打ち込まれたかのような凄まじい激痛が走った。

(; ω )「ほぎゃあああああああ!?いってええええええええ!!!!」

マジ痛え!痛いという表現じゃ全然伝わらないくらい苛烈な痛み。
僕はたまらず右足を抱えて林の落ち葉の上を転げまわった。

ξ;゚⊿゚)ξ「内藤!?だ、大丈夫!?ねえ大丈夫!?」

尋常ならざる痛がりようにツンも取り乱し気味に僕に駆け寄った。
あっと言う間に彼女の目に涙が浮かぶのは、多分僕もめちゃくちゃ涙目だからだろう。

(; ^ω^)「ば、バカか僕は……いやまじでバカだった……古傷やっちまったお……
      悪いけどツン、歩けないから肩貸してもらえんかお」

ξ;゚⊿゚)ξ「う、うん。わかった。ほんとにだいじょうぶ……?」

(; ^ω^)「大丈夫かなあ……またリハビリに逆戻りとかじょーだんじゃねーお……」

僕はツンに支えられながら這いずるようなスピードで市有林を後にした。
そして国道に出たところでツンがタクシーを捕まえた。

ξ;゚⊿゚)ξ「病院いく?」

(; ^ω^)「いや、しっかり手当して様子見するお。やばそうなら病院だおね」

ξ;゚⊿゚)ξ「わかった。じゃあ私の家に行きましょう」

50 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:35:58 ID:0w0/X/Ow0
ツンの家に着くとすぐに彼女の部屋に通され、ツンは家中を走り回って手当の道具をかき集めてきた。
彼女自身は怪我してもツバつけときゃ治るため、あまり手当の心得はないようだった。
まあそのあたりは元陸上部の僕の方が詳しいし、自分の足のおとだから、ありがたく道具だけ借り受ける。
手早くテーピングを施し、氷嚢で靭帯のあたりを冷やしつつ擦る。

(; ^ω^)「ひぃー、ひぃー、ふぅー。だいぶマシになってきたお……」

ξ;゚⊿゚)ξ「いたい?ツバつける?あしなめるよ」

(; ^ω^)「僕より錯乱してどうするお……」

流石に女子高生に足舐めさせて悦に入るほど僕はウンコカスじゃない。
いや仮にそういう性癖があったとしても相手がツンじゃなんか可哀想すぎて僕がつらい。

(; ^ω^)「はぁー、まさかこの僕が怪我のこと忘れるなんて。もーろくしたもんだお」

自分でもドン引きするくらいうっかりさんだ。
そんな簡単に忘れて良いもんじゃねーだろこれ。当時めちゃくちゃ絶望したのに。
ツンと一緒に見えない敵と戦う毎日が、その刺激と情熱が、僕に痛みの過去を忘れさせていたのか。
なんだかんだで、救われていたのは僕の方なのかもしれなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ「内藤、怪我してたの……?」

ツンが本気でショックを受けたような顔で問うてきた。
そういや彼女には特に言ってなかったな、リハビリ終わって退院した後だったし。

( ^ω^)「だいぶ前の話だお。僕がもう忘れてたぐらいの。
     公園で最初に会ったとき僕暇人って言ったおね?怪我のせいで暇だったんだお」

ξ゚⊿゚)ξ「そうなんだ。友達がいないから暇なんだと思ってた」

(; ^ω^)「まあ間違ってねえけどさあ……」

怪我してたからって友達いたら暇にはなんないもんな。
認めよう、僕は友達が少ない。しかしだからこそツンに出会えたということも否めない。

ξ゚⊿゚)ξ「内藤、その話聞いてもいい……?」

( ^ω^)「そんな面白い話じゃねーお、マジで」

ξ゚⊿゚)ξ「……思い出したくないこと?」

( ^ω^)「いや、そのままの意味でヤマもオチもないただのポカミス失敗談なんだお。
     ……聞きたいのかお?」

ξ゚⊿゚)ξ「内藤のことならなんでも知りたい」

変なとこに食いついてくるなあ。
でも、ドクオが知ってるのにツンが知らないというのもなんだか不公平ではある。
二人とも、僕にとっては代えの効かない大切な友達なのだ。

51 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:37:08 ID:0w0/X/Ow0
( ^ω^)「事故ったんだお、自転車で下校途中に」

僕は記憶を整理しながら、簡潔に、初耳のツンがわかりやすいよう前後関係を交えて話した。
もとは陸上部だったこと。日が暮れるまで部活に明け暮れていたこと。
ある秋の日、真っ暗になってからの帰宅途中、記憶に無いよくわからん何かにぶつかって事故ったこと。
そのよくわからん何かは警察が現場検証してもあたりを捜索しても見つからなかったこと。
事故で靭帯に重傷を追って、しばらく入院していたこと。
そのせいで、人生かけるぐらいのめり込んでた陸上を諦めることになって――だから暇だったこと。

(; ^ω^)「ん……あれ……ちょっと待つお」

自分で言ってて、なんだか雲行きが怪しくなってきた。
秋の暮れ時、何にもぶつかった記憶のない僕、こつ然と消えたよくわからん何か。
これってもしかして、いやもしかしなくても……。

(; ^ω^)「見えない敵じゃねーかこれ!」

ξ;゚⊿゚)ξ「ホントだ……!」

僕とツンは顔を見合わせて驚きを共有した。
ドクオと話した時に自分のポカを見えない敵のせいにしたらアカンみたいなこと言っちゃったけど!
おもっくそ見えない敵のせいじゃねーか!!

(; ^ω^)「まじかお……今世紀最大の驚愕の事実だおこれ、超ブッタマゲNo1」

なんつーことだ……。いや衝撃的すぎて全然理解に感情が追いついていない。
もちろん夢を台無しにされた恨みはあるけど、多分そいつはとっくにツンに始末されている。
どころかそいつの同族を、僕らは片っ端から殺して回っていたのだ。

(; ^ω^)「人生変えるような大事件が第三者によって引き起こされててしかも既に復讐完了してたとか考慮しとらんよ」

どうすりゃいいんだこれ、僕はこの事実にどう向き合えばいいんだろう。
頭の中がぐるぐるして全然思考がまとまらない。

(; ^ω^)「とりあえず犯人やっつけてくれた人にはお礼しとくかお。ありがとうございましたツンさん」

ξ;゚⊿゚)ξ「え……えっ!?あ、うん、どういたしまして……」

ツンはビクっと背筋を正して一言答えると、何故かそのまま押し黙ってしまった。
視線は虚空の一点を見つめている。何か考え込んでいる様子だった。

僕はようやく頭の中のグルグルが収まって、今更悩んでもしょうがないという結論に至った。
全部終わってしまってるわけだし。どの道これからやることだって変わらない。
僕はツンと一緒にこの先も、見えない敵と戦い続けるんだから。

52 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:38:01 ID:0w0/X/Ow0
( ^ω^)「なんかすっきりした気分だお、積年の疑問が氷解したっつーか。
     この話はもうこれでおしまいでいいお、今日は気分良く寝れそう。足いてーけどな、ははは」

僕は微妙になってしまった空気を入れ替えるべく、努めてあかるくそう言った。
しかしツンは、どこか頭痛に耐えるような、縋るような面持ちで僕を見る。

ξ゚⊿゚)ξ「……ねえ内藤、その事故ってどのくらい前のことなの?」

( ^ω^)「お?えっと、去年の秋ごろの話だから……だいたい半年とちょい前のことだお」

ξ ⊿ )ξ「………………!!」

瞬間、ツンが悲鳴のように小さくひっと呻いた。
もともと白い肌が青白くなるほど血の気が失せて、瞳孔が見開かれる。
僕は彼女の尋常ならざる様子に面食らった。

(; ^ω^)「ツン?どうしたお……?」

ツンはしばらく無言で唇をわなわなと震わせていた。
しかしそう時間をおかず、彼女は落ち着きを取り戻したようだった。
そして、ツンは微笑んだ。ホームセンターで見せた、あの色のない微笑。

ξ゚ー゚)ξ「……なんでもない。今日はこの辺でお開きにしよ。足は大丈夫?」

(;^ω^)「お、すぐ手当したおかげで深刻な感じじゃないお。これなら病院いかなくて良さそう」

ξ゚ー゚)ξ「そっか、良かった。帰りは大事をとってタクシー使ってね、はいこれ」

ツンは自分の財布から現金を取り出して僕に握らせる。
泡を食ったのは僕の方だ。

(; ^ω^)「いやいや、さすがにそれは……歩いて帰るお。足大丈夫だし」

ξ゚⊿゚)ξ「いいから、お願い」

ツンは大きな目で真っ直ぐ僕を見据えて言った。
その有無を言わせないその雰囲気に僕は逆らえなくて、お金を受け取ってしまった。
まあ足痛いのは確かだしご厚意に甘えよう。半分ぐらいはなんか奢ってあげればいいか。

僕は謎の解けた開放感も手伝って楽観的に考えて、その日はツンの家を後にした。

その日から、ツンはあまり笑わなくなった。

53 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:39:10 ID:0w0/X/Ow0
 * * *


ツンの戦い方が苛烈になった。
僕の立てた作戦には素直に従うんだけど、ここぞという時に突出することが多くなった。
確かにそれで決着は早くなった。だけど敵の攻撃の最中にも構わず突っ込むせいで確実に傷は増えていた。
そしてもうひとつ、僕が敵の的に晒されるような事態を絶対に許さなくなった。
極めつけは比較的安定して被弾なしで倒せるようになった犬タイプとの戦闘のときのことだ。

ξ゚⊿゚)ξ「はあああああ!!」

裂帛の気合を具象化したような叫びをあげ、鬼神の如き攻勢を見舞うツンに犬タイプは明らかにビビっていた。
何発も間断なく叩き込まれる剣鉈での斬撃刺突、キャインキャインと悲鳴まで聞こえそうな犬タイプの防戦一方。
そこで奴は離れたところにいる僕に目をつけた。

ツンが僕を遠ざけるように立ちまわっていることを『学習』した犬タイプは、あの弾丸のような突進を僕に向けた。
この頃には僕は、草の潰れる順番や風切り音などでおおまかに敵の動きを把握することができていた。

( ^ω^)「おっおっ、そう動くことは予想済みだお、トラップ一命様ご案内」

僕は余裕を持って下がり、仕掛けておいた罠を犬タイプとの間に挟む。
奴に効果的な罠はこちらも学習済みで、うまくハマればそれで討伐完了するような最適のトラップだ。
だが、それよりも早くツンの眼が犬タイプを捉えた。猛獣のように爛々と輝く眼光が犬タイプを射すくめる。

ξ#゚⊿゚)ξ「させるかああああああッ!!」

ツンは、人間の限界に迫るような神速の反射神経によって地面を蹴る。
そして――あろうことかトップスピードの犬タイプと僕との間に割って入った。

(; ^ω^)「ツン!?」

彼女が差し入れた左腕が、華のように鮮血を噴き出すのを僕は見た。
犬タイプの鋭い牙によって噛みつかれたのだ。

ξ#゚⊿゚)ξ「ああああああああッ!!」

ツンが気付けのように叫ぶそれはもはや獣の咆哮に近かった。
彼女は腕の痛みなどまったく無視したように犬タイプを地面に組み伏せ、右手で剣鉈を振りかぶる。
何度も、何度も何度も刃を突き立てた。
やがて剣鉈が砕け散る。犬タイプが絶命する。

ツンは白煙と見まごうほどの熱い息を吐いて、臨戦の興奮を強制的にキャンセル。
そのまま草むらの上に倒れこんだ。

54 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:40:25 ID:0w0/X/Ow0
(; ^ω^)「ツン!ツン!!大丈夫かお!?」

たまらず僕が駆け寄るころには、ツンが震える腕で息も絶え絶えに上体を持ち上げていた。
彼女を支えて起き上がらせて、僕は悲鳴を上げそうになった。

(; ^ω^)「骨が見えてるお!?」

ツンの左腕の傷はあまりにも深く、肉の大部分を抉りとられて大量出血していた。
血の色の筋肉が蠢き、淡い黄色の脂肪が液体と化して流れ出ている。
なによりも白い骨が露出していて――人間の骨を生で見るのはこれが初めてだった。
それも生きた人間のだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「大丈夫、平気よ……内藤が無事で良かった……」

まるで自分のことを顧みない発言に、今度は僕が頭に血の上る番だった。

(# ^ω^)「ぜんっぜん良かねえお!お前なに考えてんだ死にてえのかお!?」

ξ;゚⊿゚)ξ「ツバつけとけば治るわよ……」

(# ^ω^)「そういう問題じゃねえって言ってんだ!!」

僕はたまらず怒鳴り散らした。
確かに欠損した指が再生するくらいなら抉れた肉だって治癒するかもしれない。
流れた血液だって元に戻るかもしれない。出血多量で死ぬ前に治るかもしれない。
だけどそれはあくまで原状回復であって、痛みも苦しみも消えてなくなるわけじゃない。
現にツンは額にびっしりと脂汗をかいていて、想像を絶する苦痛に耐えていることが僕にはわかった。

ξ;゚⊿゚)ξ「私は大丈夫だから……私は平気なのよ……」

うわ言のように繰り返すツンの姿は、まるで熱病に冒されているかのよう。
彼女は自分にこそ言い聞かせている。その姿勢は苛烈というよりもむしろ自罰的にさえ思えた。

( ^ω^)「全然平気に見えないお……あんま心配かけさせんなお……」

ツンの頑なな態度に、僕はもう零すような言葉しか出てこない。
彼女はそれを聞いてか聞かずか、またあの無色透明な微笑みを返す。

ξ゚ー゚)ξ「……もう治ったわ。今日は一人で帰る。心配かけて、ごめんなさい」

違う。僕はそんな言葉が聞きたいんじゃないのに。
ツンの額から脂汗が引いていた。傷はとっくに塞がって、血糊以外は綺麗な肌が見えていた。
前はこんなに早く治らなかったはずだ。実際、彼女の治癒能力はここ数日で異常なほどに高まっていた。
少しでも多く、長く戦いたいというツンの意志に、肉体が呼応しているかのようだった。

自分の力で立ち上がって、何事もなかったかのように帰っていく彼女の姿を僕は何も言えずに見ていた。
こんな状態が自然であるはずがない。絶対に肉体に負担がかかっているはずだ。

僕の懸念は的中した。
翌日、津村ツンは今学期始まって初めて、学校を休んだ。

55 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:42:27 ID:0w0/X/Ow0
 * * *


ツンの欠席理由は風邪らしい。
見舞いに言ってやれというドクオの提案は、当たり前だが僕と同意見だった。
その日放課後になってすぐに学校を飛び出し、道中のコンビニでポカリとフルーツの缶詰を買っていく。

彼女の家は高校のほど近くにあって、僕は日の高いうちに現着した。
インターホンを押すとツンの母親が出て、既に顔見知りの彼女はすぐにツンの部屋へと通してくれた。

ξ゚ー゚)ξ「内藤……来てくれたの……嬉しい……」

ツンはベッドの上で大人しく寝かされていた。
初夏だというのに厚着をして、頭に冷えピタが貼ってある。
本当に風邪らしかった。あるいは、もっと深刻な熱病なのかもしれなかった。

( ^ω^)「お見舞いの品があるお、あと提出物のプリントも」

ノートでもとってやりたかったが、僕自身がそもそもあんまり授業についていけてない。
まあその辺は心当たりがあるので、あのガリ勉野郎のバックアップに期待しよう。

僕は彼女の母親に缶詰を渡して、ガラスの皿に綺麗に盛りつけてもらった。
明らかに缶詰の容量より多いけど、きっと家にあったのを追加してくれたのだろう。
フォークは二人分ついている。僕も食べて良いってことなのかな。

( ^ω^)「連日の無理が祟ってんだお、いい機会だから養生しなさい」

僕はリンゴのシロップ漬けにフォークを突き刺しながら言った。
病気の時は弱気になると言うし、明るい話でもしたほうがよかろう。
と思ったが、こんな時に限って笑い話のストックが切れている。僕ってまじウンコカス。

( ^ω^)「食べないのかお?栄養つけんと元気にならんお。こんな美味しそうなのに」

ξ゚⊿゚)ξ「身体が重くて動かないの。私はいいから内藤が食べて」

( ^ω^)「食べさせてやろっか?」

なーんつって、僕は茶化し気味にそう言った。

ξ゚⊿゚)ξ「あーん」

(; ^ω^)「!?」

ツンが雛鳥のように口を開ける。
まさかの素直さに僕の方がびっくりしたというか、気恥ずかしくなってしまった。

言い出した手前なかっとことにするわけにもいかず、僕はリンゴを小さくフォークで切ってツンの口に運ぶ。
彼女は唇で器用にフォークからリンゴをしごき取ると、もぐもぐと咀嚼した。
僕は小学校のころにお世話したウサギさんのことを思い出していた。
そういや見舞いの定番といえばウサギさんカット、あれ皮の栄養もとれて合理的なんだってね。

56 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:43:24 ID:0w0/X/Ow0
(; ^ω^)「……うまいかお?」

ξ゚⊿゚)ξ「生命(いのち)の味がする」

( ^ω^)「お前そればっかなー。その言い回し伝染っちまったお」

言葉にするのが難しい、めんどくさい、マズいけど言いづらい時に便利過ぎる。
命の味ってなんだろうな。血の味?うまみ?うまあじ?

それからしばらく、僕達は他愛もない話をした。
どんな話かと言えば、本当にマジで他愛ないので割愛する。
だけど僕には、ここ数日の強硬な彼女の態度が元に戻ったようで、嬉しかった。

やがて太陽の角度が鈍角あら鋭角になろうという頃、時刻にして5時頃。
ツンはおもむろにむくりと起き上がった。

ξ゚⊿゚)ξ「そろそろ夕暮れね、行かなきゃ」

僕は泡を食った。

(; ^ω^)「お前何言ってんだお!?んな身体で無茶だお常識的に考えて!」

ξ゚⊿゚)ξ「だいぶ回復してきたわ。内藤のお見舞い品のおかげね」

(; ^ω^)「缶詰一つで回復できたら医者はいらねーっつんだよロックマンかお前は!」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、行かなきゃ」

ツンは静かにしかし頑なな意志の籠もった眼で僕を見た。
彼女は本気だ。だからこそも僕も、こいつを行かせるわけにはいかない。

( ^ω^)「……今日はお休みってことにできないかお?」

ξ゚⊿゚)ξ「ダメよ。放置してればあれは際限なく暴れまわるし、街の人にだって被害が出るわ」

ツンは譲らなかった。まるで見てきたかのような言い草だった。
彼女が立ち上がる。僕も立ち上がって彼女を逃がさないようドアの前に立つ。

ξ゚⊿゚)ξ「お願い、いかせて」

( ^ω^)「悪いけどそのお願いは聞けんお。他のことならいくらでも聞いてやるから」

ξ゚⊿゚)ξ「いかせて」

( ^ω^)「ダメだっつってんだろ」

ξ;⊿;)ξ「……お願い」

57 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:45:02 ID:0w0/X/Ow0
ツンの声が震えて、僕は彼女の眼に涙が光り始めているのに気がついた。
おかしいだろ、泣くほど戦いたいなんてことがあってたまるか。

( ^ω^)「……なあ、ツン」

僕はそれでも、ここを通すわけにはいかない。
だから、これまで封印してきた言葉を、聞くべきじゃない問いを、言う。

( ^ω^)「君がどんなに傷ついても、死にかけても、誰もそれを知らない。
     君のことをバカにして後ろから嘲笑ってるような連中ばかりだお。
     ――そんな奴らの為に君がボロボロになってまで戦う意味は、あるのかお?」

言いたくなかった。何度も考えたけど、その度に無理やり打ち消してきた。
ツンは、一年間誰にも知られず戦ってきた。誰も彼女を助けようとはしなかった。
なら義理も何もないじゃないか。知らんぷりして安全な家で、穏やかに暮らせば良い。
津村ツンは、それを許されるだけの善行を、これまで積んできたじゃないか。

ちょっとぐらいサボったって、誰も彼女を責めはしない。
だって彼女の戦いを、人々は知らないんだから。

ツンは僕の説得を、唇を噛みしめて聞いていた。
彼女は初めから聞き耳を待たないんじゃなく、理解してその上で意志の力でねじ伏せてる。
だから、こうして諦めずに説得を続ければ、いずれわかってくれるはずだ。
僕は殆ど縋るような思いで、ツンの前から動かなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「……私もね、一度、そういうことを考えたことがあるの」

ツンはこぼれ落ちるような言葉で、胸の中の痛みを爪の先でひっかくような声で言った。

ξ゚⊿゚)ξ「その時も、風邪を引いて、体中が痛くて重くて、布団の中で泣いてた。
      それで、見えない敵が出る時間になっても具合が良くならなくて……行かなかった」

光明が見えたような気がした。
これだ、この思い出から彼女の意志を解きほぐしていけばきっと考えなおしてくれるはずだ。
一回も二回もサボるなら同じだって思ってくれるはずだ!

(; ^ω^)「それでいいんだお!具合悪いならしょうがないんだお!
     今日は大事をとってお休みして、明日僕と一緒に二匹いっぺんに倒せば――」

ξ゚⊿゚)ξ「――それが、半年前のこと」

(; ^ω^)「…………え?」

自分の足元がぐにゃりと揺れるような錯覚がした。
半年前、そのワードを彼女が今ここで出すことの意味は、いくら鈍い僕でも気付く。

鈍い痛みに頭の奥が埋め尽くされていた。
まさか。まさかまさかまさかまさか。

58 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:47:02 ID:0w0/X/Ow0
ξ゚⊿゚)ξ「あなたの怪我は……私が見えない敵を見逃したせいなの」

(; ^ω^)「……!!!」

太い釘を脳天に直接突き刺されたみたいな衝撃が頭の中で爆発した。
考えれば符号する。考えるほどに合致する。

半年前の事故。僕の選手生命を断ち切り、この先の人生の全てを塗り替えた事件。
そいつが"見えない敵"ならば――何故その場にツンがいなかったのか。

ツンは敵の存在を出現前から認識し、出現場所に先回りすることができる。
そして一年前から今日まで、出会った敵は残らず必ず撃破してきた。
たったひとつの例外を除いて。

思えば、"敵"を放置すれば人的被害が出ると、何故彼女は知っている?
それは、実際に放置してしまって被害が出たのを目の当たりにしたからじゃないのか?

( ^ω^)「…………お」

言葉にならない、意味をなさない呟きしか出てこなかった。
かつてないほどの混乱が、僕の頭を支配していた。
ツンの涙腺はついに決壊した。

ξ;⊿;)ξ「ごめんなさい。私、内藤が怪我したせいで暇になったって言ったとき、考えちゃったの。
      こうしてあなたと出会えたことは、あなたが怪我したおかげだって」

( ^ω^)「それは、」

それは、実際、その通りだ。
あの事故がなければ、選手生命が絶たれなければ、僕はツンの戦闘を目撃することはなかったろう。
陸上のことで頭がいっぱいで、彼女に興味を持つことすらなかったかもしれない。

ξ;⊿;)ξ「あなたがこんなに絶望して、苦しんでいたのに。私、脳天気に喜んじゃった。
      私のせいなのに。それが、消えたくなるくらい悔しくて悲しい。
      だから決めたの。見えない敵は必ず殺す。命に代えても、絶対に」

(# ^ω^)「やめろ!!」

僕は冷静になれなかった。病人の家で怒鳴り散らすことを省みることすらできなかった。

59 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:48:37 ID:0w0/X/Ow0
( ^ω^)「やめてくれお……そんなこと考えるな。頼むから」

君のせいじゃない、と言うべきだった。
正体不明の化物を、それでも命がけで倒してきた彼女の、ほんの例外に過ぎない『漏れ』。

僕はたまたま、運悪く、それにぶつかって怪我してしまっただけなんだ。
誰も悪くなんかない。悪かったのは僕の運だけだ。
そう言うべきなのに、言葉にすることができなかった。

( ^ω^)「僕はもう君にこれ以上傷ついて欲しくない。これだけは絶対に、確かなことだお」

彼女は自分を嫌悪している。そして、僕に罪悪感を抱いている。
あの自罰的にも思える戦い方は、その溢れだした膨大な感情の発露でもあったのだ。
ツンは、涙を拭ってなお真っ赤に腫らした眼で、ふっと微笑んだ。

ξ゚ー゚)ξ「好きよ、内藤。だからもうついてこないで」

彼女が一歩前に出る。僕は縋りつてでも止める為に身構える。
しかし次の瞬間ツンの姿は僕の視界から消えた。
次に彼女を知覚した時、僕のみぞおちには彼女の拳が埋まっていた。

(; ^ω^)「おっぐ……ツ……ン……?」

ξ゚⊿゚)ξ「行ってくるわ。帰ってこれたら、そのときは……」

腹に当身を喰らったのだと理解した時には、僕の意識がブラックアウトする寸前だった。
柔らかく抱き止められ、ベッドに横たえられながら、目の前が真っ暗になった。

60 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:49:56 ID:0w0/X/Ow0
 * * *

僕が眼を覚ました時、ツンは既に部屋から姿を消していた。
彼女の母親は僕がまだ部屋にいることに驚いて、それからツンのことを教えてくれた。
体調が回復したからコンビニ行ってくると言ってでかけたらしい。
当然止めたが、熱測ってみたら本当に平熱で、顔色も良さそうだったので、渋々許可したそうだ。
僕は彼女にお礼を言って、津村家を後にした。

もちろんコンビニ行くなんて真っ赤なウソだ。
だけど本当は彼女がどこにいるのか、僕にわかるはずがないのだった。
見えない敵の出現場所はツンにしかわからない。

携帯に電話しようかと思ったが、驚いたことに僕は彼女の番号を知らなかった。
四六時中一緒にいて、電話する必要を一切感じなかったからだ。
我ながら自分の間抜けさに本当に嫌気がさす。

僕はこれまで彼女と一緒に戦ってきた場所を虱潰しに探した。
噴水のなくなった噴水公園、ゴーストタウンと化した公営団地、ホムセン前の河川敷、街はずれの廃工場。
思いつくかぎりの全てを何度も回ったが、ツンの姿はついぞとして見つからなかった。

日付が変わった頃になって、親から電話で怒鳴り散らされて、家に強制送還となった。
もしも僕の知らないところで彼女が戦っていたとしても、無事倒せたなら家に帰っているはずだ。
なら明日学校で会える。僕はそう考えて眠れぬ夜を明かした。

次の日になっても、ツンは欠席していた。
いよいよ僕はいてもたってもいられなくなる。

よほど早退して探しにいこうかと思ったが、その前に相談すべきことがあった。
僕は図書室の主、竹島ドクオに会いに行った。

('A`)「落ち着け。いたずらに探しまわっても見つからんのは昨日分かったろ」

ドクオは僕が早口で窮状を伝えるのを一切遮らずに聞いて、そう判断を下した。

(; ^ω^)「でも……!」

('A`)「一番良いのは、もう一度夕暮れ時を待つことだな。
    津村が無事なら、今日の敵を倒すために再びどこかに現れるはずだ」

彼の言うことは尤もだった。
昨日の夕方から今日にかけて、どこかで公共物の破損やけが人が出たとは報じられていない。
ということは、昨日現れた敵はツンが倒したと考えるべきだ。
では何故、彼女は学校に来ないのか。

61 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:51:34 ID:0w0/X/Ow0
('A`)「お前に会いたくないんじゃねえか?」

( ^ω^)「どういうことだお……」

('A`)「あわせる顔がないってこったろ」

( ^ω^)「……!」

ドクオには、ことのあらましを全て伝えた。伝えた上で助言が欲しかったからだ。
冷静になれない僕の代わりに、彼は客観的な所感を述べてくれる。

('A`)「津村はお前の怪我の原因が自分だと考えてる。んでお前はそれをしっかり否定しなかった。
   あいつの中じゃお前が暗い恨みを抱えてることになってんだろ。
   ……ウンコカスにもほどがあるぜ、内藤」

これみよがしにため息をつく。
ぶん殴ってやりたくなったが、一から十まで彼が正しく僕はどうしようもないウンコカスだ。

('A`)「なんで否定しなかったんだよ。お前は別に津村のせいだなんて思ってないんだろ」

( ^ω^)「それはそうなんだけど……」

当たり前だ。これでツンに逆恨みなんてしようものならウンコカスどころか最低の人間だ。
だけど、どうしてもあの時僕は言えなかった。
多分いまでも言えないんだと思う。

( ^ω^)「半年前まで、僕は本当に陸上の好きな部活至上主義の人間だったんだお。
     今でも正直未練があるし、あの頃のことを夢にだって見る。
     実際のところ、全然吹っ切れてないんだお」

('A`)「それは津村とはなんの関係もねーだろ」

( ^ω^)「だからだお。ツンが僕の怪我を自分のせいだって言って、謝ってきた。
     僕は未練タラタラなのに、『君のせいじゃねーお気にしてねーからキニスンナ』!ってヘラヘラしながら言う。
     ……それじゃあ、僕の半身にも近い陸上部時代の思い出が、死ぬほど悔しかった絶望が、
     パッと晴れる程度の薄っぺらいものみたいじゃないかお」

酷く、無価値なものに思えてしまう。
僕にとっての陸上部は、そんなもんじゃなかったはずだ。

僕はこれまで、それら暗くてドロドロした感情の一切から、目を背けることで自分を守ってきた。
どうしようもないから、諦めたから、なんてまったくこれっぽっちも思っちゃいないのに、そういう体で誤魔化していた。
いま、僕に降りかかっているのはそのツケだ。

62 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:52:53 ID:0w0/X/Ow0
('A`)「お前、一体なにと戦ってんだよ」

僕の懊悩を、ドクオは一言でスッパリと切り捨てた。
なにと戦っているかと言えば、それは紛れもなく自分自身だ。
僕の中のマイナスの感情との折り合いをつける為に、肥大したその意志と、僕は今戦っている。

( ^ω^)「敵は自分自身……かお」

('A`)「そいつがお前の『見えない敵』ってわけか」

彼の言う見えない敵とは、ツンが戦っている物理的なそれとはもちろん違う。
もっと原義で言うところの、揶揄としての見えない敵だ。

( ^ω^)「でも、そういうもんじゃねえかお?人は誰もが、見えない敵と戦っている。
     ツンがそうであるように、僕がそうであるように」

厳密には、僕はいままで戦いを避けてきた。
だけど昨日のツンの告白を受けて、ようやく戦う覚悟ができたんだ。

('A`)「一人でか?」

ドクオは問う。
この偏屈人間は、悪いことはボロカス言いやがるけど、同時に良いことは掛け値なしに認めてくれる。
そこが、僕が彼を好きな理由だ。
僕は迷わずに答えた。

( ^ω^)「――いいや、ツンと二人でだお!」

椅子を蹴って立ち上がる。
助言を求めにきたつもりが、なんだか僕の中で答えが出てしまった。
だけど、だからこそ、これが僕の飾らない本音だと言える。
もう行こう。この時間からでも候補を一つ一つ潰していけばどっかでツンに会えるかもしれない。

63 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:54:38 ID:0w0/X/Ow0

('A`)「おー行って来い。行くからには勝ってこいよ。
    お前はどうしようもない軽率で軽薄なウンコカスだけど、ちゃんと考えて結論の出せる骨のあるウンコカスだ。
    ひり出してこい、お前のケツ論を。ツケを返してケツを拭いてこい」

( ^ω^)「ウンコ言いすぎだろウンコカス2号。帰ってきたら3号を紹介してやるよ」

お気楽に手をひらひらさせる彼には、なんだか助けられてばかりだ。
ふと、ついでに気になってしまったことがある。

( ^ω^)「……ドクオはなんでいつも勉強してんだお?成績上がりもしない勉強に意味はあるのかお」

('A`)「そりゃおめえ、負けたくねえからよ。遊びや怠けの誘惑に、勝ち続けて俺はここにいる」

( ^ω^)「お前も大概見えない敵と戦ってんじゃねーかお」

それもまた然りだ。人は誰もが見えない敵と戦っているのだから。

('A`)「しかしまあ内藤、自分との戦いとは言うけどよ」

彼は相変わらず表情筋の死んだような顔で言った。

('A`)「もしも自分に勝っちまったら――同時に自分に負けたことにもなるんだよな」

64 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:55:52 ID:0w0/X/Ow0
 * * *


ほどなくして夕暮れ時になっても、僕はツンを見つけることができなかった。
思いつく場所は全て回った。あらゆる可能性を検討した。それでも彼女が見つからなかった。

(; ^ω^)「なんでどこにも居ないんだお……ツン……」

まさか、本当にやられてしまったのか。
治癒力が追いつかないほどのダメージを受けたか、あるいは熱病のぶり返しで、動けなくなってるのか。
途方にくれて、あるはずもない電話番号を探して僕は携帯をとる。

( ^ω^)「…………」

そのとき、ある閃きが頭の中を駆け巡った。
それは最低の考えで、自己嫌悪に押しつぶされそうになったが、頼れるものはもうほかにない。
インターネットブラウザを開き、国内で最も有名なSNSに接続する。

かつて、ツンは僕の差し伸べた手をとることを躊躇した。
同じことを言って、彼女を騙した連中がいたからだ。
彼らが、今もなお津村ツンを笑いものにして、いたとしたら。
彼女の一挙一動を、晒しあげているとしたら。

僕は検索欄に、思いつく限りの検索ワードを打ち込む。
ツンの名前や、容姿の特徴、口上、行動、そして考えうる蔑称に至るまで。

そして、見つけた。
口に出すのもいらいらするような酷いあだ名で、ツンの姿を写真に撮った投稿を。
タイムスタンプは今日の30分前。ご丁寧に場所まで記載してあった。

こいつらを殺してやりたいほど憎らしいが、今だけは感謝しよう。
ツンの居場所がわかった。
僕はすぐにタクシーを捕まえた。

投稿に書いてあったのはこの街の一番大きな図書館の駐車場。
営業時間は終わっていて、タクシーの運転手は今更ここを指定した僕を訝しんだ。

タクシーを降りて、痛む足を引きずってツンの姿を探す。
あたりは暗くなり始めていたが、彼女がどこにいるかはすぐにわかった。
戦闘の音が響いてきたからだ。

65 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:57:32 ID:0w0/X/Ow0
ξ;゚⊿゚)ξ「く……!」

細長い刃渡りをもつ柳刃包丁を片手に、ツンは走り回っていた。
白刃を振り回し、ときおり飛びのいたり踏み込んだりしているが、その動きにはこれまでのような精細がない。
やはり本調子ではないのだ。

僕はもう何も迷わなかった。
彼女の姿を捉えた瞬間、自分がなにをすべきかがはっきりとわかった。

ゆっくりと、低く身を屈めていく。太陽熱を残したアスファルトの温もりが心地よい。
姿勢は、スターターなしのクラウチングスタート。

靭帯の損傷自体は回復している。
ただ、切れグセがついたというか、事故前より脆弱で、長時間の走行や練習には耐えられないと診断された。
それでも、一回ダッシュするぐらいなら保ってくれるはずだ。

短距離走において重要なのはもちろん第一に足の筋力だが、同時に同じぐらいフォームや走法も大きく影響する。
それはおしなべて言えばスプリントの感性。より効率よく前へ進む身体の操縦方法。
入院生活で確かに僕の足の筋肉は衰えたが、走行感性まで錆びつかせたつもりはない。

――たった一走限りなら、僕は今でも陸上部のエースだ。

( ^ω^)「おっ!!」

第一歩目から理想通りのスピードが乗った。
二歩、三歩と速度が掛け算のように追加され、僕は掛け値なしに風と一体になる。
これが、陸上部時代に全ての部員をごぼう抜きにした僕の走法、内藤ストライド!

( ^ω^)「おおおおおおおおお!!!」

視界の下をアスファルトが凄まじい速度で流れていき、僕の眼はまっすぐ前を見る。
ツンが膝をつき、武器を取り落として見えない敵を見上げていた。
ツンの前に立ちはだかる敵は、僕には見ることができない。
見えなくても、理解はできる。

ダビデ像という有名な彫像がある。
かの作品が傑作たる所以は、少年ダビデの目線や仕草で見る者に敵対者の姿を想像させられる所にある。

僕はこれまで何度も、ツンが敵と戦うところを見てきた。
だからたとえ目に見えなくたって、彼女の目に映るものを――想像で補完できる!!

そこにいるのは見たこともないタイプの"敵"だった。
既存のどの生物にも例えることのできない、五体を持ち、二足で立つ巨大な化け物。
一対の両腕には、凶悪な爪が彼岸花のように開いており、ツンの首を刈ろうとしていた。

確かに凶悪で強力な化物だが、僕はちっとも怖くない。
だってこいつ――胴体がガラ空きだ。

66 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:58:23 ID:0w0/X/Ow0
(# ^ω^)「ウンコカスを舐めんなああああああああああッ!!!」

トップスピードに乗ったまま、僕は肩から化物に体当たりした。
砲弾じみたタックルは、僕の全体重と全速力を威力へと正しく変換し、ブチかまされた化物が身体をくの字に折って吹っ飛ぶ。
身体のあちこちから血を流したツンが、瞳を開いて僕を見た。

ξ;゚⊿゚)ξ「内藤!?」

(; ^ω^)「いってええええ!」

同じぐらい凄まじい衝撃を肩に受けて僕もまた後方へ吹っ飛んだ。
こいつの横腹めちゃくちゃ硬い。鈍い激痛は、肩が脱臼してしまったことを意味していた。
そして、僕が肩を犠牲にしたタックルを食らわせたってのに、"敵"はもう起き上がり始めようとしている。

それでもなお、僕に恐怖はなかった。
傍にはツンがいたからだ。

ξ゚⊿゚)ξ「――っだああああ!!」

僕がここにいる意味、その戦略的意義を瞬時に理解した相棒は、既に行動を開始していた。
取り落としていた包丁を掴み、砂塵が上がるほどの衝撃をもって疾走する。
その刃の先には、上体を起こしたばかりの化物タイプがいた。

瞬間、交錯。
化物の額ど真ん中へと正確に突き立てられた柳刃包丁が、煌めく粒子となって砕け散った。
その最後のときまで立ち続けていたツンは、化物の絶命と同時にふらりと後ろへ倒れていく。
僕はその線の細い背中を、肩の外れた両腕でしっかりと抱きとめた。

( ^ω^)「相変わらず危なっかしいお、ツン」

ξ゚⊿゚)ξ「ない、とう……」

67 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 23:59:59 ID:0w0/X/Ow0
ツンは僕に背中を預けながら、しかし僕の方を見ようとはしなかった。
それでいい。そのまま聞いてくれれば良い。

( ^ω^)「僕は……正直、あの事故で陸上人生が駄目になったのが悔しくてしょうがないお。
     僕の半身みたいなものだった。失ったのが辛かった。今からでも足が治るならなんでもするって言えるお」

ツンがびくりと肩を震わせる。
彼女が逃げ出してしまう気がして、自由な片手をツンのお腹に回す。

( ^ω^)「でも、確かに半身だったけど、それでも半分なんだお。
     もう半分の僕は、ドクオの友達であり、見えない敵を倒す者であり、ツンの――仲間。
     僕の全てが失われたわけじゃないんだお。この半分がまだ、僕には残ってるんだ」

それは、情けない選択肢なのかもしれない。
なくしてしまった陸上という半身を、体の良い代替品で埋めているだけなのかも。
それでも、代理に過ぎなくても、僕にとっては陸上と同じくらい大切で、かけがえのないものなのだ。

( ^ω^)「残り半分である君を、僕は失いたくない」

ξ゚⊿゚)ξ「――――!」

これが僕の出した結論。戦わなきゃいけない自分自身との向き合い方。
厳しく辛い現実があるならば、僕はそれを、大事なものをこれからも大事にしていく理由にしよう。
自分に打ち勝てば負けるのもまた自分。それなら、無理に倒さなくったっていいじゃない。

敵対関係の終着点は、なにも勝ち負けだけではない。
和解し、共に別の敵と戦っていく選択肢だってあるはずだ。
昨日の敵は今日の友って言うしね。

ξ;⊿;)ξ「でもっ……私のせいで内藤が怪我したのはほんとのことで……っ」

( ^ω^)「あるいはそうかもしれんお」

ツンの顔は見えない。
だけど、彼女がどんな顔をしているかわかるくらいには、僕はツンを見てきた。
泣いてる顔も、笑ってる顔も。その中で、一番好きな顔で居て欲しいから、僕は言う。

( ^ω^)「ツン」

僕はなかば強引に、彼女をこちらに向かせる。
案の定、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔があった。
ツンは急いで顔を隠そうと手を翳すが、僕はその腕を掴んで下げた。

68 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/04(月) 00:01:30 ID:JFWlLpYY0
( ^ω^)「そうかもしれないけど、それとこれとは関係ないんだお。
     僕が君を好きになった理由は、そんなこととはこれっぽっちも関係ないんだ」

ξ;⊿;)ξ「!?」

あまりにも陳腐で、言葉にするのは思春期の僕には憚られるようなことだけど。
だからこそ言いたい、言うべき時じゃなくても、僕は言いたいことを言う。

( ^ω^)「あの日、噴水公園で君の戦う姿を見た時。
     傷ついて、裏切られて、それでもなお人々の為に戦う君を見た時。
     歴史上のどんな英雄よりも、創作上のどんなヒーローよりも。
     ……君のことを格好いいと思った」

男の子はいつだって、戦う者に憧れる。
だけどこの気持ちは男の子だからじゃない。僕が僕だからだ。

戦うことを恐れ、目を背けて生きていきた僕には、ツンの姿は眩しかった。
この想いは、かつての抱いた絶望と、矛盾なく同居する。

( ^ω^)「僕は君のことが好きだお。君と一緒に戦っていきたいんだお。
     負い目に付け込むみたいでIQ低いけど、これからも君の傍にいさせてほしい」

ツンは耳まで真っ赤にして、僕のことを見ていた。
その吸い込まれそうな大きな瞳に、僕は本当に吸い寄せられるように顔を寄せる。

ξ゚⊿゚)ξ「うん……これからも、私の傍にいてください」

僕を吸い寄せる彼女の両眼が、静かに閉じられた。
これで言い訳できなくなった。僕は僕の意志で、最後の一歩を踏み出して。
彼女の鮮やかな唇に、自分の唇を重ねた。

69 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/04(月) 00:03:45 ID:JFWlLpYY0
* * *


とまあそんなことが二ヶ月ほど前にあって、僕達はいまもこうして戦いを続けている。
狂人カップルの爆誕は校内を震撼させるかと思ったが、全然ニュースにならなかった。
やっぱ片っぽがファッションキチガイな常識人だとパンチが弱いのかな?

('A`)「そりゃそうだろ。ほぼ事実婚状態だったじゃねえか初めから」

僕の驚愕を、ドクオはそう切って捨てた。
彼は相変わらず受験勉強に精をだしていて、僕は相変わらず彼とお喋りしに図書館を訪れている。

ξ*゚⊿゚)ξ「内藤!おはよう!!今日も良いぶち殺し日和ね!!!」

ツンも相変わらずだった。本当に相変わらずだった。
あれぇ?もしかしてはしゃいでるの僕だけだったりするぅ?

('A`)「だから元鞘に収まっただけだろ。ぬるい痴話喧嘩見せやがってゴチソウサマデス」

( ^ω^)「……うまかったかお?」

('A`)「生命(いのち)の味がする」

( ^ω^)「流行ったーーッ!」


今日も僕達は放課後見えない敵と戦う為に街へと繰り出していく。
明日もやっぱり見えない敵と戦うのだろう。
明後日も、その先も、いつかこの世から見えない敵がいなくなるまで。

……それまでは、こうして日々を楽しむくらいの役得はあっていいはずだよね。


さあ、僕の語りたいことは概ねこんなところだ。
片田舎の、小さな街の片隅で繰り広げられている、ちょっとした戦いの記録。
その締めくくりには、やはりこの言葉こそが最適だと思う。


――僕達の、見えない敵との戦いは、これからだ!

70 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/04(月) 00:05:01 ID:JFWlLpYY0





( ^ω^)は見えない敵と戦うようです       了

71 名前:名無しさん:2016/04/04(月) 00:38:10 ID:CAq0fI7U0

すげえええ綺麗に纏まってたし面白い設定だった
無茶苦茶良かった

73 名前:名無しさん:2016/04/04(月) 10:05:52 ID:WJF.FlG20
すげーよかった

なんかギャルゲーの不思議ちゃんルートのような楽しさがあった!

74 名前:名無しさん:2016/04/04(月) 16:20:03 ID:BB6eiaZc0
これ良い

77 名前:名無しさん:2016/04/05(火) 23:11:57 ID:6TTjdxgU0
クッソ面白いじゃねえかウンコカスが!!!!!!!!!

78 名前:名無しさん:2016/04/06(水) 10:43:57 ID:LdFrZTGQ0
おもしろかった!!!
ギャグとバトルと感動が程良くはいってて良かった!!!!
乙!!!!

79 名前:名無しさん:2016/04/06(水) 18:43:05 ID:p1.bhduE0
面白かったー 乙乙

80 名前:名無しさん:2016/04/07(木) 11:41:31 ID:rlSghlYQ0
漫画的な楽しみ方が出来たかもしれない
文が下手だと言ってるわけではなくて、寧ろ上手いと感じるんだけど、良い意味でのラフさがあるおかげで
つまり何が言いたいかというとツンちゃんかわいい、話も文句なしに面白い
実に良いボーイミーツガールだった

81 名前:名無しさん:2016/04/07(木) 14:44:30 ID:1/V99Vhs0
乙乙
久しぶりに熱くなれた!!!
ツン可愛すぎ

82 名前:名無しさん:2016/04/08(金) 18:08:13 ID:oOqyxNHc0

アツいし、なによりツンがかわいい
ブーンのAAだけちょっと残念だったけど、すげー面白かった

83 名前:名無しさん:2016/04/09(土) 14:55:59 ID:dOjY0.660
面白いなぁちくしょう

84 名前:名無しさん:2016/04/10(日) 22:27:26 ID:60XvWnzg0
>>42
「魚タイプは他に比べて力も弱いし動きも鈍いわ。でも水中では超つよい」

つまり劇鉄は魚タイプだったんだよ!



超乙。ツンちゃんはやはり馬鹿にかぎる。

85 名前:名無しさん:2016/04/10(日) 22:28:00 ID:60XvWnzg0
撃鉄だったわ

86 名前:名無しさん:2016/04/15(金) 22:05:31 ID:.PJB9BiA0

面白い!

87 名前:名無しさん:2016/04/17(日) 17:25:41 ID:PLX4RvGc0
>>63
>ひり出してこい、お前のケツ論を。ツケを返してケツを拭いてこい」

ここワロタ
好き

88 名前:名無しさん:2016/04/19(火) 19:47:27 ID:duoSueIk0
俺は基本退避姿勢が仰向けなブーン君にワロタ
シュール過ぎる

89 名前: ◆N/wTSkX0q6:2016/04/23(土) 01:18:13 ID:XC98Flcs0
MVP3位!身に余る名輝をいただき本当に嬉しくて小躍りしております!!
無職が有り余る時間に任せて創作意欲の全てをぶっ放した拙作、ご愛読ご投票本当にありがとうございました!!!
闇の中を這いずっていたところにぱっと光明の射した気持ちです!

なかなか機会が掴めずお伝えできなかった絵師様への謝辞もこの場にて述べさせていただきます。
参加者控室>>310様、>>325様、>>351様、>>374
素晴らしいイラストを贈ってくださり本当にありがとうございます。
家宝にさせていただきます!!具体的にはデスクトップとかに!!!


俺たちの再就職はこれからだ……!!

90 名前:名無しさん:2016/04/23(土) 02:05:51 ID:Z0DHc63s0
頑張れ!!!!!!!!!れ!!

91 名前:名無しさん:2016/04/23(土) 03:47:38 ID:.eZR6Be60
応援してるぞ…落ち着いたらまたなんか書いてくれな……


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